2006年度秋学期 研究プロジェクト(C型) 担当:加藤文俊(かとうふみとし)
← 6/23/2006から |加藤文俊研究室|場のチカラ|ケータイラボラトリ|慶応大学湘南藤沢キャンパス| ■モバ!東京 はい、“モバ!東京”です。「研究プロジェクト一覧」を見ながら、「何これ?」と思ってクリックしたひとも、せっかくなので最後まで読んでください。 近年、「モバイル・リサーチ」ということばが、(後ほど説明しますが)マーケティングの領域を中心に認知されつつあります。カメラ付きケータイなどを活用して、生活者の行動を把握する試みは、当然のことながら、モノやサービスを「売る(売るためにはどうしたらいいか)」という観点が際立ちます。 それはそれで認めつつ、べつの立場で社会や文化について考えてみようと思います。それは、「ふつう」とは何か、を大真面目に考えることです。もし、先導者としてあたらしい世界を拓くのであれば、それに続く多くのひとびと(=「ふつう」のひとびと)が、豊かさや愉しさや便利さを実感することに、きちんと向き合わなければなりません。先導者には責任があるのです。フロンティアとして語られる可能性(これから、ありうる生活)が、じぶんの足元(いま、ある生活)との関係で、どのように理解されるかを探求するという立場です。「どう役に立つの?」と問う前に、「どうなっているの?」と、顕微鏡のような観察眼を動員してみます。「どうやってビジネスに結びつけるの?」ではなく、「どうやったらお金を使わずに実現できるの?」と試してみます。一見すると、「ふつう」の研究は、無用の学問のように見えるかもしれません。しかしながら、「ふつう」を語ることによって、社会や文化の多様さ・複雑さを、よりリアルに理解できることもたしかです。 シラバスを書くにあたって、いろいろと考えました。(好きか嫌いかはともかく)“モバ!”と、試しに何度か書いてみます。 ごちゃごちゃと前置きが長くなりましたが、乱暴に要約すると、“ケータイを持って、東京を歩こう”ということです。以下では、(過去のシラバスと重複する部分がありますが)この「研究プロジェクト」のテーマと方法について説明し、より具体的なすすめかたやスケジュールについて紹介します。新規履修者の募集については、文末に書いてあります。 ■場のチカラ このプロジェクトでは、コミュニケーション論の観点から「場」というコンセプトについて考えます。 2003年春から、「場のチカラ」というテーマで「研究プロジェクト」を開講してきました(参考:vanotica.net)。「場」は、たんなる物理的な環境ではなく、ひととひととの相互作用が前提となって生まれます。その意味で、「場」はコミュニケーションの問題としてアプローチする必要があります。さらに、ひとびとが「状況(situation)」をどう理解するかは、個人的な問題であると同時に、社会的な関係の理解、環境との相互作用の所産として理解されるべきものです。関わるひとびとの人数規模によって、「場」の性質は変わるはずです。単発的に生まれ、一度限りで消失する「場」もあれば、定期的・継続的に構成され維持されていく「場」もあります。 たとえば2005年度は、“ハングアウト(hangout:行きつけの場・たまり場)”をコンセプトにプロジェクトをすすめました。さまざまな“ハングアウト”を調査・研究対象に、可能なかぎりキャンパスの外に出かけて、まちに散らばる“ハングアウト”の観察・記録を試みました。およそ15年前、社会学者のオールデンバーグ(Oldenburg, 1989)は「サードプレイス」というコンセプトを提唱し、「家庭」そして「職場(学校)」につぐ「第三の場所」の重要性を示唆しています: 「人間は、形式張らない社交の場に集い、仕事や家庭の問題を忘れ、くつろいだ雰囲気で話をしたいという欲求を持っている。(…中略)ドイツのビアガーデン、イギリスのパブ、フランスやウィーンのカフェは、日常生活のはけ口の場となっている。そこは中立地帯であり、皆平等で、会話が主たる活動となる。アメリカでも、かつては居酒屋、床屋、美容院などがそういう場所だった。だが、郊外化の進展とともに、これらの場所は姿を消しはじめ、自己充足的な郊外型住宅に取って代わられた。こうした場所がないため、都市生活の本質であるさまざまな関係や人との多様な接触が欠落することになる。」* オールデンバーグは、「第三の場所」は「中立地帯(ニュートラル)」であることにくわえて、「ローカル」であることの重要性も示唆しています。それは、「いま・ここ」の問題です。「いつでも・どこでも」の“ユビキタス社会”であるからこそ、「いま・ここ」が際立つのです。行きつけの場所は、よりユニークであること、“その時・その場”でこそ得られる「何か」があるからこそひとびとを惹きつけるのでしょう。このプロジェクトは、その「何か」を知ることを目指します。 少し遡りますが、2004年の5月、銀座のまちを歩きました。今和次郎(こん わじろう)がおよそ80年前におこなった「東京銀座街風俗記録」(1925年)の方法をトレースしながら、京橋から新橋までを数往復して、「手ぶら」ってなかなか素敵だ…とあらためて思ったりしました。ケータイは“お財布”になり、記憶はメモリとなって身体の外へと分散しはじめています。オールデンバーグが指摘する郊外化の進展のみならず、メディア環境の変化にともなって、さまざまな関係やひととの接触のありかたも変わりつつあるのかもしれません。とはいえ、安易に、過去に戻ろう…とか、「スロー・ライフ」を提唱するつもりはありません。 むしろ、その逆です。ITのおかげで変わりゆくまちを生活者の立場から理解し、これからのひとびとの日常生活について考えてみたいのです。プラスチックのカードや液晶が無くても、面倒な認証は「顔パス」で、“ソーシャルネットワーキング”は「いつもの店」で(もちろん、頼むのは「いつものやつ」です)、そして、お勘定は「ツケ」で…という世界が併存します。“ユビキタス社会”で笑う(さらに“ユビキタス社会”を笑う)ための「ふつう」の生活について研究したいと思います。そのためには、ひとびとの微細なふるまいやコミュニケーション活動をじっくり観察する眼が必要なのです。
このプロジェクトでは、「場」を理解するための方法論について考えます。 ケータイは、わたしたちの日常生活のリズムを変え、より重層的なコミュニケーションを「いつでも・どこでも」可能にするメディアとして理解することができます。最近では、とくにマーケティングの分野で生活者調査にケータイ(カメラ付きケータイ)を活用する事例が増え、「モバイルリサーチ」として認知されつつあります。 つねにわたしたちの手の中にあるケータイを、“通信機能を内蔵したデジタルカメラ”として考えるとき、「社会調査」という観点、とりわけ、生活誌・生活史やライフヒストリー・アプローチとの関連で考えることはきわめて興味ぶかいと思われます。身体とともに移動する、ケータイのカメラによって切り取られる日常の「ひとコマ」は、ひとつの「生活記録」として理解することができます。そして、日々、さまざまな場面で写され蓄積されてゆく写真を、時間的に、あるいは空間的に分類・配列することによって、個人の行動軌跡や人びとが集った「現場」をある程度再現することができます。 ライフヒストリー・アプローチにおいて欠くことができないのは、観察や記録のための技術や方法で、さまざまなメディアの活用によって調査自体のデザインも変化してきました。たとえばビデオやオーディオによる記録によって、調査の「現場」をある程度まで復元することができます。人と人とのコミュニケーションを分析する際に、ビデオを活用することによって、会話のみならず、ちょっとした仕草や目線、身体の向きなども併せて分析できるようになりました。何度もくり返してビデオを見ることで、人と人との微細なコーディネーションについて理解を深めることができるのです。“デジタルカメラとしてのケータイ”を活用した調査は、以下のような点で、これまでの調査方法、ひいてはわたしたちのものの見方・考え方を変えうるのではないかと思われます。 (1) 調査に関わるコスト感覚の変容:まず、ケータイをはじめとするあたらしいメディアを活用することによって、調査に関わるコスト、そして調査に対する心理的な感覚が変容する可能性があります。ここで言うコストは、研究者による調査のデザイン・実施・運営に関わるコストのみならず、被調査者の心理的な負担などをもふくめたものです。デジタルメディアの“モニター機能”ともいうべき特質を活用することによって、非干渉的、あるいは相互干渉的といえる調査方法のあたらしい方向性を模索することができるはずです。カメラ付きケータイを活用することによって、これまで手(目)の届かなかった、生活者の日常に接近することができるからです。 (2) プロセスとしての調査:さらに、調査に関わる時間感覚も変化する可能性があります。従来の調査は、たとえばアンケート調査(質問紙調査)の場合は、質問票の配布から回収という一連の流れが、ある決められた時間のなかでおこなわれてきました。もちろん、わたしたちが調査・研究の「しめきり」から解放されることはないと思いますが、あたらしいメディアの特質を活かすことによって、時間的な範囲を拡げた調査が可能になります。身体とともに移動するというケータイの特質を生かして、「いつでも・どこでも」データ収集が可能になれば、調査そのものの「始まり」や「終わり」を同定することが困難になります。現に、こうしたアイデアにもとづいた調査システムの開発が試みられており、逐次更新されるデータにもとづくアドホックな調査結果を、そのつど解釈していくというあたらしいスタイルが提案されています。このことは、調査そのものの目的を再定義することになるでしょう。 (3) 自発的・不可避的なデータの蓄積:すでに述べたように、つねに携帯することが習慣となっているケータイを社会調査に用いることによって、調査自体の「終わり」(そしてある場合には「始まり」)が不明確になり、また調査に関わる金銭的・物理的・心理的なバリアーの軽減にいたるはずです。このような状況は、被調査者による自発的なデータの収集・蓄積と密接な関係を持ちます(被調査者という言い方自体も問い直すことになるはずです)。また、センサー技術の発展をつうじて、近い将来には、壁やまち並みに装着されたメディアとケータイとが連動することによって、いわば不可避的にデータが収集されていく可能性もあります。当然のことながら、セキュリティやプライバシーなどさまざまな問題はありますが、わたしたちがケータイなどの機器を持ち歩くことによって、ある種のデータが自動的に収集・蓄積されていくという方向性が考えられます。 この研究プロジェクトでは、上述のようなあたらしい調査法の特質とその潜在的なインパクトを考えながら、〈社会や文化を知るための方法/活動〉の可能性を検討します。そして、とくにその対象となるのは“東京”です。これは地理的/物理的な境界によって理解される“東京”のみならず、記憶やイメージのなかの“東京”、ことなる文化のなかの“東京”などもふくめて考えてみたいと思います。
■フィールドで発想する このプロジェクトでは、現場(フィールド)での直接的な体験から、〈モノ・コト〉を考えるスタイルを大切にします。もちろん、本・論文を読むこと、理論的な枠組みをしっかりとつくることも重要ですが、まずはじぶんの目で見ること・じぶんの身体で感じることを重視します。近年、“フィールドワーク”ということばが一般的に使われるようになりましたが、“フィールドワーク”には、地道に観察・記録をおこなうこと、時間をかけてデータの整理や解釈を試みることなど、知識を生成するための“技法”としてのトレーニングには(それなりの)時間とエネルギーが要求されます。まち歩きを愉しむことは重要ですが、一人前の“フィールドワーカー”として、足を動かすことが求められます。 ■カレンダーを意識する 忙しいことは悪いことではないと思いますが、じぶんの〈やりたいこと〉と〈やること〉とのバランスを上手く取らないと、すべてが中途半端になります。他の授業やサークル、アルバイトなど、さまざまな活動とともに「研究プロジェクト」を“中心”に位置づけることを望みます。言いかえるならば、〈望ましさ〉と〈実現可能性〉をつねに意識するということです。これはやる気、能力、チャンスなどと関連していますが、スケジュールや時間のマネジメントが重要である場合が少なくありません。中途半端にならないように、研究活動のカレンダーをきちんとデザインすることが重要です。 ■じぶんを記録する フィールドワークを基本的なアプローチにする際、調査の対象となる〈モノ・コト〉への感受性ばかりでなく、テーマに取り組んでいるじぶん自身への感受性も重要です。つまり、じぶんが、いったいどのような〈立場〉で〈モノ・コト〉を見ているのか…をどれだけ意識できるかということです。また、その〈立場〉をどのように明示的に表現(=つまりは調査結果の報告)できるか、が大切です。フィールドワークをおこなう際には、現場で見たこと・発見したことを書き留めるために“フィールドノート”を書くのが一般的ですが、「研究プロジェクト」の時間をふくめ、日々のじぶんを記録します。具体的には、プログ(参考:プログ宣言;ふだん記のプログ)やモブログなどによって、プロジェクトにおける活動の軌跡を記録します。
全員でフィールドワークの方法論を体得し、“モバ!東京”を実践するために:
※原則として、毎週木曜日の午後は東京(11月中旬までは、とくに丸の内エリア)でフィールドワークをおこないます。それ以外にも、週末を利用したフィールド調査(株式会社電通ワンダーマンとの共同プロジェクトも本格化します)やイベントへの参加を予定しています。下記は、現時点でのおもな予定です。 9月22日(金) ファッション調査 ランドマークタワー(桜木町) 9月24日(日) ファッション調査 ランドマークタワー(桜木町) 9月30日(土)〜10月1日(日) 合宿(詳細未定) 1泊2日で合宿をおこないます。まずは、メンバーどうしがお互いを知ることが目的です。4年生の「卒業制作」の経過報告および簡単なフィールドワークのトレーニングをおこないます。2006年秋学期履修者は、かならず参加してください。 11月22日(水)〜23日(木・祝) オープンリサーチフォーラム(ORF2006) 丸の内 ORF2006での展示・報告を計画しています。“モバ!東京”も、じつはORFを多少は意識したテーマです。具体的には、まち歩きのためのコンテンツ作成、およびケータイと連動させる地域メディアのデザインなどをすすめるつもりです。 12月中旬(予定) フィールドワーク 過去2年ほど、エリアを選定して全員でフィールド調査をおこなっています。たとえば柴又(東京都葛飾区)や金沢(石川県)で、商店街を中心とするエリアでフィールドワークや参与観察を実施しました。同様の調査をすすめるよう準備をはじめる計画です。 2007年 フィールドワーク展III(詳細未定) 年度の活動報告として展示会を開催します。4年生の「卒業制作」の発表のみならず、日ごろのフィールド調査の成果をまとめます。●参考:2005年2月「フィールドワーク展I」(@銀座
artist in)/ 2006年2月「フィールドワーク展II」(@恵比寿
POINT) 上記のテーマで活動するにあたって、まずは、まずは以下の本を読んでください。いわゆる「輪読」はしませんが、本の内容と直結させるかたちでフィールドワークをおこなうようにしたいと考えています。必要に応じて、資料等を配布・紹介します。
このほかにも、テーマおよび調査方法についての書籍や文献を読むことになります。たとえば、これまでに、以下のような文献を紹介してきました。
25名程度 ※4年生秋学期からの新規履修はできません。 2005年度秋学期履修者(「特別研究プロジェクト」をふくむ)の継続を優先させます。履修希望者が多数いる場合は選考します。 ■2006年度秋学期からの履修について テーマに関心があることはもちろんですが、原則として、履修するための条件は以下のとおりです。また、加藤が担当する「行動と社会関係」「ネットワークコミュニケーション」「フィールドワーク法」(旧「社会調査法B」)「情報環境論」「モバイルリサーチ」のいずれか(いくつか/すべて)を履修したことがあるひとが望ましいでしょう。
※4年生で、2006年度秋学期が最終学期となるひとは、「卒業制作」をおこなうことが履修条件です。 ※2006年秋学期の履修者は、9月30日(土)〜10月1日(日)(場所は調整中です)におこなわれる合宿に、かならず参加してください。 ※新規履修希望者は、下記の (1) (2) のいずれか(その気があれば両方)をまとめてください。 (1) 以下のキーワードのいずれかをテーマに、エッセイ(600字)を書く。
(2) なぜ、このプロジェクトに興味をもったのか。じぶんはどのように関わるつもりか。その他、自己アピールもふくめて志望理由・活動計画(案)をまとめる(1000〜1200字程度)。 ■提出期限:2006年7月23日(日)23:59 時間厳守 かならず、学部、学年、名前、メールアドレスを明記してください。 質問・その他についても、同様に06f@vanotica.net宛てにメールを送ってください。 (3) 可能なかぎり、会って話をする機会をつくりたいと思います。下記の日程で、簡単な「面接」(それほど堅苦しいものではありません)をおこないますので、予定を空けておいてください(時間・場所などは、24日以降に調整してメールでお知らせします)。メールはマメにチェックしてください。 ■面接:2006年7月27日(木)午前/午後
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