ケータイは、わたしたちの日常生活のリズムを変え、より重層的なコミュニケーションを「いつでも・どこでも」可能にするメディアとして理解することができます。最近では、とくにマーケティングの分野でケータイを調査に活用する事例が増え、“モバイルリサーチ”として、認知されつつあります [1]。
前稿「ケータイで調査する」でも述べたとおり、わたしたちの手の中にあるケータイを、“通信機能を内蔵したデジタルカメラ”として考えるとき、「社会調査」という観点、とりわけ、生活誌・生活史やライフヒストリーアプローチとの関連で考えることはきわめて興味ぶかいと思われます。身体とともに移動するケータイのカメラによって切り取られる日常の「ひとコマ」は、ひとつの「生活記録」として理解することができます。そして、日々、さまざまな場面で写され蓄積されてゆく写真を、時間的に、あるいは空間的に分類・配列することによって、個人の行動軌跡や人びとが集った「現場」をある程度再現することができます。
ライフヒストリー・アプローチにおいて欠くことができないのは、観察や記録のための技術や方法で、さまざまなメディアの活用によって調査自体のデザインも変化してきました。たとえばビデオやオーディオによる記録によって、調査の「現場」をある程度まで復元することができるので、記録をくり返して再生しながら、「現場」についてのより詳細な記述が可能になりました。たとえば人と人とのコミュニケーションを分析する際に、ビデオを活用することによって、会話のみならず、ちょっとした仕草や目線、身体の向きなども併せて分析することができます。くり返し、ビデオを見ることで、人と人との微細なコーディネーションについて理解を深めることができます。
以下では、“デジタルカメラとしてのケータイ”を活用した調査が、これまでの調査方法、ひいてはものの見方・考え方をどのように変えうるかについて論点を整理しておきます。
●調査に関わるコスト感覚の変容:まず、ケータイをはじめとするあたらしいメディアを活用することによって、調査に関わるコスト、そしてコストに対する心理的な感覚が変容する可能性があります。ここで言うコストは、研究者による調査のデザイン・実施・運営に関わるコストのみならず、被調査者の心理的な負担などをもふくめたものです。デジタルメディアの“モニター機能”ともいうべき特質を活用することによって、非干渉的、あるいは相互干渉的といえる調査方法のあたらしい方向性を模索することができはずです。カメラ付きケータイを活用することによって、これまで手(目)の届かなかった、生活者の日常に接近することができます。
●プロセスとしての調査:さらに、調査に関わる時間感覚も変化する可能性があります。従来の調査は、たとえばアンケート調査(質問紙調査)の場合は、質問票の配布から回収という一連の流れが、ある決められた時間のなかでおこなわれてきました。もちろん、調査・研究の「しめきり」から解放されることはないのですが、あたらしいメディアの特質を活かすことによって、時間的な範囲を拡げた調査が可能になります。身体とともに移動するというケータイの特質を生かして、「いつでも・どこでも」データ収集が可能になれば、調査そのものの「始まり」や「終わり」を同定することが困難になります。現に、こうしたアイデアにもとづいた調査システムが稼働しており、逐次更新されるデータにもとづく「アドホックな」調査結果を、そのつど解釈していくというあたらしいスタイルが提案されています。このことは、調査そのものの目的を再定義することになるでしょう。
●自発的・不可避的なデータの蓄積:つねに携帯することが習慣となっているケータイを社会調査に用いることによって、調査自体の「終わり」(そしてある場合には「始まり」)が不明確になり、また調査に関わる金銭的・物理的・心理的なバリアーの軽減に至るかもしれません。このような状況は、被調査者による自発的なデータの蓄積があるということと密接な関係を持ちます。またセンサー技術の発展を通じて、近い将来には、壁やまち並みに装着されたメディアと連動することによって、いわば不可避的にデータが収集されていく可能性もあります。当然のことながら、セキュリティやプライバシーなどさまざまな問題はありますが、わたしたちがケータイなどの機器を持ち歩くことによって、ある種のデータが自動的に収集・蓄積されていくという方向性が考えられます。
さまざまな課題はあるのですが、カメラ付きケータイを、調査のための“装備”として位置づけ、実験をすすめています。たとえば現在大学で開講している技法系の科目「フィールドワーク法」(2003年度までは「社会調査法B」)では、カメラ付きケータイを使った社会調査の実践(「生活記録」の収集)を試みています [2]。最初に授業の課題にカメラ付きケータイを活用したのは、2002年の春学期でした。当時のケータイ・カメラは、ごく初期段階のデジタルカメラくらいのレベルで、所有率も半分に満たない程度(ケータイの所有率はほぼ100%に近かったと思います)だったと記憶しています。 その後、ケータイ・カメラのスペックが向上するとともに、受容・普及がすすみました。教材や演習課題などを整えつつ、2005年度の「フィールドワーク法」では、ようやく学習環境にカメラ付きケータイをふくめるスタイルで開講することができました。“モバイルリサーチ”が拓く可能性や、これまでの試みについては、べつのエントリーで紹介します。
●参考
[1] インフォプラント(監修・編集協力)/宣伝会議(編集)(2005)『実践!! モバイルリサーチ:携帯電話がリサーチを変える』
[2] KEIO VIEW Vol. 3「湘南藤沢キャンパス:ネットワークを利用した社会調査」(2003年2月掲載) → http://www.keio.ac.jp/view_vol.03/
●「ケータイでまちをつくる」は、ケータイラボラトリでの活動の一環として書く予定です。おなじ記事は、ケータイラボラトリのサイトにも掲載されます。
Posted by fk at 2005年07月10日 06:35