ふたたび、「エッジ」を読む。:ふり返り

ふり返り 

いつもどおり、「キャンプ」を終えてから、ふり返りのレポートを書いてもらいました。レポートというかたちではありますが、それぞれが、現場での体験を綴った、「フィールドノート」のようなものです。レポートから、いくつかの論点を紹介しましょう(以下の引用は、提出されたレポートの原文どおり)。

思い切りがよくなる

ふり返りの文章を読んでいると、「キャンプ」では、いつもとちがう、いわば「非日常」の世界がつくられる…という認識が多いことに気づきます。場所も、グループのメンバーも、取り組むべき課題も、そのつど新鮮な体験が得られるように組み替えることによって、「あたらしい自分」を発見する機会になるはずです。

2475449325_9114d30e20.jpg…もうひとつ、ふと思ったのは、キャンプに出かけると思いきりが良くなる気がする、ということである。キャンプは、普段の授業などと比べて、比較的自分たちで自分たちの動きを選択できる機会が多く、自由に出来たり、好みを優先できたりする。それでもやっぱり、何人かのグループでひとつのものを捉えたり、いつもは訪れない場所やシチュエーションの中で、少し普段と違うことをしてみたり、考えてみたりする訳で、普段自分が一人で決める身動きの取り方や、選択するものと比べると、こういう機会ではないと出来なかったり、選ばなかったりする行動の取り方や考え方と出会える、特別感みたいなものがある気がする。
普段は意識しないようなところに意識が向いたり、グループの人たちのものの捉え方が新鮮に思えたり、一人では絶対にしないようなことが出来てしまったり・・・きっと、一人でSokankanに乗ることはあったとしても、一人で運転手さんに自ら話しかけてみたり、ビデオをまわしてみたりはしなかったと思う。他の班のビデオも、キャンプだったからこそ、一人では出来ない、短時間の中での、ちょっとした思いきりが出来たのではないか。アウトドアキャンプのときも、外で寝っころがってみたり、火を焚いて、ご飯を作ったり、思いっきり騒いでみたり、トイレを掘ってみたり、と普段街ではしていないようなことを自らするけれど、物理的な事情もあるが、キャンプという“異空間感覚”とか、“特別感”みたいなものがそうさせているような気がする。そんなキャンプの特別感に魅力を感じ、私はキャンプに出かけているのかもしれないと思った。

行動のなかで考える

体験学習の方法として「キャンプ」を考えるとき、重要なのは、行動と知識とを結びつけるという点です。概念として学んだ内容は、行動のなかで理解することによって内面化するのです。覚えたことは忘れますが、わかったことは身について、今後の行動に活きる知識に変わります。歩きながら、風景を眺めながら、概念の理解を試みるという姿勢が大切です。

2476261528_49c21624af.jpg看護と総環を比較して、それ以外にも様々な違いが浮かび上がった(今思えば、相違ばかりに気を取られて、共通点を見出そうとはしなかった)。建物の色使いにしろ、西洋と東洋とが入り混じった奇妙な中庭にしろ、全体を取り囲む静けさにしろ、文化である。異国、という感もあながち間違いではない。しかしいずれも、領域の内部に入って初めてわかる詳細であって、やはり「エッジ」として機能しているのは丘だと思う。故に、映像をつくる上でこの丘にフォーカスを当てた。 
繰り返しになるが、映像のフォローをすると、表現したいのは「エッジ越え」の瞬間。ゆるやかに流れ出たふたつの領域が、どこかで混じり合ってもう一方に切り替わる、その一瞬(が仮にあるとして)をひとはどのように認識するか。それは、そもそも個人がどちらかの領域に属していることを前提とするのだが。例えばどちらの領域にも属さない人間(どちらも「違和感」、「知らない」)にとってその一瞬はより明確であるかもしれない。では、もし「エッジ越え」と同時に人間の属性そのものも切り替わるとしたら?「当たり前」からもう一方の「当たり前」への移行、根を張った環境からの非常に軽やかな脱却。それを「呼び名」によって表現できないか。 
しかし、今回何よりも「エッジ」を露呈させたのは、「SFCと看護」という何気ない呼び方だったろう。もっとも強い「エッジ」は心の内につくられるのかもしれない。 

時間をどう使うか

かぎられた時間をどう配分するか。「キャンプ」では、かぎられた資源をどのように理解し、配分するかという問題につねに向き合うことになります。それが健康的なプレッシャーになれば、おそらく創造性へと結びつくはずです。

2476262254_316651a98b.jpg与えられた課題に対して自分たちなりの視点を獲得し、それを目に見える形で提示すること。
今回のキャンプではそれを限られた時間の中でどれだけ実現できるかということが強く意識された。前回、前々回とこれまでに行ってきたキャンプにおいてトライ&エラーのおもしろさと難しさは常に自分たちの前に厳然と存在していたけれど、今回のキャンプに関しては、そのスピード感、というか時間の不可逆性を思い知らされた。前回の反省として、コンセプトを練る時間とそれを実行に移す時間、全体の流れを意識してのトータルな設計の必要を感じたが、今回のキャンプでその反省が活かされたかというと、あまり活かすことはできなかったというのが正直なところである。
時間は常に意識していたが、ここまでにまとめようとグループの中で設定した時間は幾度となく延長され、計画通りにいったという部分はほとんどなかった。何が一番の原因かというと、場所の持つ力に期待してしまうということの一点につきる。机をかこんでいたって何も出てこない、その場に行けば何かいいインスピレーションが得られるかもしれない。この考え自体はものすごく甘いものかもしれないが、やはり抱かずにはいられないものなのである。実際、今回の課題に対しても、実際に場に赴き、そこで対象を観察する中で自分たちなりの視点を獲得することができた。やはりキャンプというコンセプト自体、場所からの発想を促すものであり、机を囲んでいて、今回の成果を生み出すことができたとは思えない。場の力に期待する気持ちから、アンテナをはって場に赴くことは必然とも言えるだろう。

※全員のふり返りレポートは、「場のチカラ プロジェクト」のウェブからダウンロードすることができます(メンバーのみに公開:パスワードが必要です)。
「キャンプ03(2008年5月8日実施)」ふり返りレポートLinkIcon

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03:ふたたび、「エッジ」を読む。
2008年5月8日(木)

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