SHIBUYER TIME MAP
小竿まゆる・齊藤崇・中島彩也香
ハチ公から何分?
あなたはいま渋谷駅前にいる。ハチ公像を出発し、スクランブル交差点を道玄坂方面に渡り、そのまま真っすぐ歩いて109にたどり着いた。さて、ここまでの道のり、あなたの足では何分かかっただろうか。予想してみてほしい。私たちの計測によると、ハチ公像から109までの実際の所要時間は○分△秒であった。あなたの予想と比較して、長かっただろうか、それとも短かっただろうか、あるいは予想通りだっただろうか。
私たちは、渋谷でのフィールドワークを通して、ハチ公像から渋谷各地までの所要時間について、私たちがイメージしている所要時間と、リアルな所要時間との間にはギャップが存在しているということに気づいた。近いと思っていた場所が、所要時間を計ってみると意外と遠かったり、逆に遠いと思っていた場所が意外と近かったり。そんなギャップに興味を持ち、人びとがイメージする所要時間とリアルな所要時間とを比較した地図をつくることにした。
ハチ公像から渋谷の8つのランドマークへの、リアルな所要時間とイメージの所要時間を一つの地図で同時に表した。蜘蛛の巣状に表されているのは、実測値をもとにしたハチ公像からのリアルな所要時間である。それぞれのルート上に、大学生100人へのアンケートによって集めたイメージの所要時間(●)とランドマークまでのリアルな所要時間(◎)がプロットされている。
「渋谷人の時間」を意味する「SHIBUYER TIME MAP」と名付けたこの地図は、ハチ公像を中心に、渋谷の東西南北八8つのランドマークへの最短ルートを示している。このルート上にイメージの所要時間(●)とリアルな所要時間(◎)をプロットした。リアルな所要時間については、私たちのグループの三人がそれぞれ歩いた時間の平均値を基準としている。三人がそれぞれ全てのルートを歩き、各ランドマークまでの所要時間を計測した。さらにそのルートを道なりに延長して、渋谷の境界までの時間も計測した。一方で、イメージの所要時間については、大学生100人に対するアンケートによって導き出した。対象を大学生とした理由は、リアルの基準となっている私たちが大学生であるため、大学生同士での比較を行うほうが、そこに存在するギャップをより正確に明らかにできるはずであると考えたからだ。アンケートは行ったことのある場所のみを回答してもらう形式とした。
測定した各ルートのリアルな所要時間をつないでいく。すると、渋谷の地図の上に、蜘蛛の巣状に広がるハチ公像からの所要時間の図ができあがる。これを見ることで、たとえば自分が109まで行くことができると思っていた時間で、実はタワーレコードまで行くことができる…など各ランドマークを比較をすることもできる。また、蜘蛛の巣の幅が狭い場合、その間にある信号の待ち時間が長い、階段や上り坂で疲れてしまって歩く速度が落ちてしまう、人混みの影響で自分のペースで歩くことができない、などの理由が考えられる。
イメージの渋谷、リアルな渋谷
私たちは、どこかからどこかまで歩くとき、その遠近を距離で考えがちである。しかし、実際に私たちにとって身近な感覚は距離ではなく時間ではないだろうか。同じ500mの道のりでも、5分かかる道と10分かかる道とでは、後者のほうが遠いと感じるはずだ。私たちが普段利用しているいわゆる地図には、2地点間の距離は示されているが、所要時間は描かれていない。私たちは距離から所要時間を想像することしかできないのである。私たちは渋谷における、いわゆる地図には描かれない、人びとにとってリアルな「遠近」を表現したかった。
SHIBUYER TIME MAPには、大学生100人が抱く、渋谷のイメージの所要時間が示されている。ルート上にプロットされた個々の点を見るだけでもおもしろいが、点全体の分布を見ると、各ランドマークが渋谷のなかでどのような位置にイメージされているのかということを知ることができる。この地図が表現しているのは、渋谷のイメージの「遠近」でもある。そもそも、これら八つの建物は渋谷のランドマークとして認識されているのか、渋谷駅から歩ける場所として認識されているのかということもわかるだろう。
また、リアルな所要時間はイメージの所要時間よりも長くなることが多かった。つまり、実際にかかる時間よりも長く歩いているように感じたり、目的地を遠くに感じている人が多かったということだ。その原因としては、信号を待つ、歩道橋や坂を上り下りする、といった動作や、歩く道がまっすぐで単調なことによる視界の変化のなさが挙げられるだろう。あるいは、駅のどこの出口を表と捉えているかによっても、感じる時間は変化するかもしれない。
実際にまちを歩くとき、私たちはいちいち時計を見て「今、何分経った」などと意識することはない。先に述べたような道中にあるランドマークなどの視覚情報や障害物(信号や階段や坂)などの様々な要素にもとづいて、感覚的に時間を捉えているのである。
私たちは、リアルな所要時間とイメージの所要時間のギャップに注目してフィールドワークを進めてきた。その中で私たちがたどり着いたのは、むしろ私たち一人ひとりのイメージの中にある渋谷、つまり私たちが感じ、自らのなかでつくり上げた渋谷こそが、私たちにとってのリアルな渋谷であるということだった。私たち自身の中にある渋谷こそ、本当の渋谷の姿なのではないだろうか。
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慶應義塾大学 加藤文俊研究室(2014年度春学期)
こんなのもあります。|引っ越しの準備(2014)|ちいさなトラック(2013)|工夫と修繕(2013)|常連になる(2012)|芬蘭風俗採集(2012)|まちのおみやげ(2011)|法政・明治・立教 ぐるり調べ(2011)|早稲田・慶應・東大 ぐるり調べ(2010)|おもしろさで変える(2010)|交わらない場所(2009)|