的な桜丘

Tekina Sakuragaoka

においを通してなじむ

小梶 直・Nuey Pitcha Suphantarida・水野 元太
[まぼたまfamily]

においからまちに入る
桜丘へはじめて足を運んだとき、桜丘というまちに馴染むことは難しいと感じた。今まで三人ともあまり桜丘を訪れたことがなかったからだ。まちについて何も知らないのに、どのようにまちと関係を築いていくべきなのかが私たちの中で定まり切らなかった。まちを歩き続けるうちに、まちに住む人や働く人とことばを交わさずとも、まちを楽しむ方法が色々とあることに気がついた。
それは、日常生活の中に「いつもあるもの」であった。五感の中でも、目で見ることのできない、嗅覚を使った「におい」に意識がいくようになったのである。桜丘は、いろいろなにおいで溢れている。ランチタイムやディナータイムになると、レストランからにおいが漂ってくる。こうした時間帯に歩くことで、桜丘のにぎやかな空気や雰囲気を、においを通して感じることができた。はたまた、早朝はまだ回収されていない生ごみのにおいや、洗濯物のにおいがする。流動的にまちに存在する車、香水やタバコのにおいなどもあった。
 
においwalkingとは
桜丘のにおいに注目すると決めてからは、桜丘に漂うあらゆるにおいを探した。より多くのにおいを見つけるために「においwalking」という活動から始めてみることにした。「においwalking」とは、会話を録音しながら、明確なルートを決めず直感に従って桜丘を歩くことである。同時に、場所や写真、その時の感想なども記録していく。においを感じた時には立ち止まり、どのようなにおいであったのか、各々がその時に感じたことについて話す。その場で出てきたそれぞれのにおいの表現方法(ことばでの変換)を探って、「的な」を見つけるという方向性で進めていった。
においwalkingをすることで、におい(香り)や私たちの表現についてわかってきたことがあった。特に、においの主観性や語り方には面白いものがあった。どのようなにおいに敏感になるのかということにも、違いを見出すことができた。においを色や形、人に例えて表現するなど、その場や、その時を共有していなければ出てくることのない会話が生まれた。そして、においwalkingをやっていくうちに、私たちと桜丘の関係性も変わってきた。においがしないときには寂しさを覚え、においを記憶することができると嬉しく思えるようになった。
 
フィールドワークとしての「においwalking」
においwalkingを定期的に行うことは、桜丘というフィールドに何度も足を運ぶことでもある。継続して続けることで、私たちはいくつかの発見をした。まず、複数のにおいが混ざらず、風や空気の通りに影響を受けて、入ってきては出ていく場所があることに気がついた。このような場所を「においcrossing(においの交差点)」と名付けた。においcrossingに立つと、まるで、においが交差しているかのようにきちんと一つひとつのにおいが認識できるのである。また、においwalkingを重ねるうちに、常ににおいが漂っている場所や、強烈なにおいがする場所も見つけた。この場所を「においspot」と名付け、定期的に足を運ぶようにした。何度もにおいを嗅ぐという行為を繰り返すことで、私たちはそのにおいを記憶できるようにも、異なるにおい嗅ぎ分けられるようにもなった。さらには、においの濃度(空気全体のうちにおいが占める割合)の違いや、においの鋭さ(鼻につくような攻撃的なにおいや穏やかで優しいにおい)といった、においの細やかな特徴も感じ取れるようになった。
このような面白い発見を何度も体験し、においを通してまちの動きを感じたいと思うようになった。間接的なコミュニケーションである「におい」に注目するという行為は、私たちのまちの見方を変えたのである。
 
においを共有することの難しさ
私たちが感じたにおいや、記憶したにおいを表現しようとした時、嗅覚で得られる情報(におい)を第三者に共有することの難しさに気がついた。視覚で得られる情報は、写真や絵を通して、その場所の様子や雰囲気を伝えることができる。しかし、その場にいない他者へにおいを伝えようとする時、実物を見せることはできず、ことばへの変換を必要とする。ここで桜丘のまちをにおいで表現することの壁にぶつかった。
そこで、勉強も兼ねて「お香づくり体験」のワークショップに参加した。実際に、自らスパイスを組み合わせ、頭に思い浮かべたにおいをつくりだした。講師の方に「においは他の五感と密接に関わっており、においを嗅ぐ時は全ての五感が働いている」と教えていただいた。改めて、においを五感で表現することに面白みを感じ、さまざまな手段を試すことにした。
まずはじめに、感じたにおいを別の食材のにおいを使って表現しようと考えた。例えば、『宅配弁当 京香』のにおいは「ゆかりのにおいのようだ」と感じたため、ゆかりとご飯を混ぜ合わせてそのにおいを再現しようとした。つまり、感じたにおいを、そのまま直接的に嗅覚で共有しようと試みたのである。
その他にも、各々の得意な表現方法を活かした「においボトル」の作成にも取り組んだ。においwalkingの活動を続けていると、ナオなら色やグラフィックに、ヌイは人物に、ゲンタは文字の形ににおいを例え表現する傾向があることがわかった。そこで、これらの表現方法をそのままビジュアル化し、透明なボトルにラベリングすることによって、三人のにおいのメタファーをつくろうと考えた。

Sakuragaoka's Smells Guidebook (PDF)  ←クリックして、ダウンロードしてください。(101.9 MB)

桜丘の音声ガイド(日本語)


Guide to Sakuragaoka's Smells (English)


においwalking: 桜丘のにおいを紹介します!

「的な桜丘」に対する答え
「嗅ぐ」という行為の先に見える、私たち「的な」表現にこだわって考え続けたが、なかなかしっくりこなかった。そもそもの「的な桜丘」という課題の意図にあてはめ直して考えると、私たちは「嗅ぐ」という行為を通して桜丘というまちを観察するのであって、「嗅ぐ」という行為でにおいを感じ、においを通じてまちへ近づき理解することが、「私たちの的な」であることに気がついた。
私たちは「的な桜丘」という課題に対してどう答えるか。大切なことは、においは現地に行かないとわからないこと、「嗅ぐ」ことで新たなまちの見方を発見できるということである。これらを存分に生かすためには、「嗅ぐ」という行為を実際に体験してもらうためのデザインを設計することが一番だと考えた。普通に歩くだけでは、においだけに意識をもっていってもらうことは難しい。そこで、「においspot」と呼ぶ、においで溢れる場所をマッピングした地図付きのリーフレットと音声ガイドを作成した。さらに、「嗅ぐ」という体験をできるだけ多くの人に体験してもらうために、私たちの声で桜丘のにおいを案内していく。また、展示では、「嗅ぐ」行為の体験の前段階として、実際に桜丘へ足を運びにおいwalkingをしてもらうことを促すようなものを考えた。

『的な桜丘』は、2019年2月8日(金)〜10日(日)にかけて開催した「フィールドワーク展XV:ドリップ」(https://vanotica.net/fw1015/)で展示しました。