人々が集うカゴ

笹野利輝・家洞李沙・山崎雄大

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経緯


僕らは一学期間、「爽やかな解散」というテーマに基づいてカーゴバイクを使った移動販売を見てまわった。訪れた店の数は十にも上る。今回の文章では、その中でもカーゴバイクの特性や、店主の人柄を特に感じられる店を二つ紹介したい。

Ashore Coffee Shack


7月18日、Ashore Coffee Shackというコーヒー屋を尋ねるべく、下北沢五丁目商店街にやってきた。今の時期はこの通りで祭りが開催されていて、そこに出店しているらしかった。
下町の懐かしい光景を見ながら商店街の通りを歩いていると、店を見つけた。話に聞いた通り、路上にカーゴバイクで即席の店を構えていた。

01a.jpg【松政さんのコーヒーの店】店主の松政さんの話によれば、本来カフェという場所は人々が居心地よく会話をするためにあるところなので、くつろいでコミュニケーションをとれる場づくりを意識しながら店を構えているという。普段は近くのサーファーショップを間借りして商っているが、そこでも路上にベンチを置き、意識的な場づくりをしているという。

つまりここにある二つのベンチは意図的に種類を選んで配置しているらしいのだ。それぞれのベンチは高さが異なる。高いベンチだと簡単に腰をかけられるので気軽に店に入り座ることができるが、この近辺は幼い子供や年配の方が多いことを考慮して低いベンチも置いたのだそうだ。また、もう一つ小さな木製の脚立が置いてある。これも椅子らしい。おそらく、動かして好きな場所に座れるから置いたのだろう。

改めて全体を見ると、スペース自体は大きくはなく、カーゴバイクを中心にベンチや台が置かれ、非常に簡潔な店構えだ。これがカーゴバイクの特性なのかもしれない。カーゴバイクが一つあれば、たくさんの荷物を一度に運び、それを広げて好きなように自分の場所を作れる。ここにあるベンチや台や、その他細かな道具は全てカーゴバイクの前かごに載せて、一度に運んだのだという。撤収するときも、一瞬で片付けて、一度に前かごに載せて爽やかにその場を去るのだろう。

先程から、人が吸い込まれるように店に入っていく。その理由を考えていると、あることに気付いた。ベンチによって作られている二つの入り口は、人通りの流れの向きに合わせられていたのだ。なるほど、物理的に人が入りやすい訳だ。

いくつかカーゴバイクを使った店を訪れてきたが、その多くは客とのコミュニケーションを大事にしていた。この店も客とたくさん話しているようだが、実際のところ何を考えているのかを聞いてみると、「ここらへんは小さな子どもから大人まで、幅広い世代の方がたくさんいるので、一人ひとりに合わせた会話を意識している」と答えた。

地元の小さな女の子が駆け寄ってきた。するとすぐに「〜ちゃん、お父ちゃんどうしたの」と話しかけた。女の子は「父ちゃんはね〜」と、少し照れながらも楽しそうに答えた。その会話は、まるで親戚のおじちゃんと姪のようで、見ていて思わずほっこりしてしまった。この様子を見ると、地元の人々とかなり馴染んでいるのだろう。店が自転車であることに気付いた客もいて、そこから会話が始まることもあった。カーゴバイクは、コミュニケーションのきっかけにもなるのだ。

最後にお礼を言って別れた。今後会えるかどうか分からないが、「また会える」と思える安心感がそこにはあった。


Maplen


東武東上線の塚田駅を降りて、焼き菓子屋が来るのを待ち構えていた。日曜日の午前中だからか、目の前の道路は車通りが少ない。駅の方から自転車に乗った男性がやってきた。彼は歯科医院の駐車場に自転車を停めると、背負っていたバッグからテントを取り出し、それを組み立て始めた。続いて女性がリヤカーを引いてきた。駐車場にリヤカーを停めると、レジャーシートを敷き、その上に凍らせたお茶のペットボトルと折りたたみ椅子を置いた。荷台から大きな木箱を取り出してリヤカーの上に置き、そこにシフォンケーキとクッキーをぎっしりと並べ、テントを移動させた。あっという間に、販売が始まった。駐車場に着いてから十分も経っていない。テントを立てた男性はいつの間にかいなくなっていた。挨拶をするために近づくと、女性が想像していたよりもずっと若いことに気がついた。おそらく、自分と年齢が一回りも変わらないだろう。女性に名前を聞くと、井上です、と言った。

01b.jpg【井上さんの焼き菓子の店】井上さんは、昨年からこの場所で焼き菓子の販売を始めた。製菓学校を卒業して阿佐ヶ谷のパン屋で働いていたが、夫の仕事の都合で船橋に引っ越すことになり、それを機に移動販売を始めた。初めはカーゴバイクを使っていたが、運転に慣れなかったため、リヤカーに切り替えた。販売場所は駅の近くの空き地や酒屋の駐車を使っていたが、いずれも土地主との交渉が上手くいかず、現在の場所に至ったという。

井上さんの店構えは、独特だ。リヤカーやテントには店名が書かれておらず、看板も置いていない。テントの高さが低く、通行人から井上さんの顔は見えない。テントをくぐってみなければ、何を売っている店なのかも分からない。今まで見てきた移動販売店の中でも、かなり異質な存在だ。

これまでに見てきた移動販売店の多くは、街中でひときわ目立っていた。例えば、中野のベーグル屋は、かわいらしいデザインのカーゴバイクで店を構え、商品袋にも工夫が凝らされていた。交差点の近くに店を構えているのもあって、多くの人々がそこに視線を向けているのが分かった。それに比べると、リヤカーで店を構えているMaplenは地味で、どこか味気ないように思えた。「どうしてもっと店を目立たせようとしないんですか?」と正直に聞くと、「そういうの、あまり好きじゃないんです。」という答えが返ってきた。

井上さんが移動販売を始めようと思ったきっかけの一つは、前の勤務先で人と関わりを持つことに苦手意識を持ったからだという。実際に販売の様子を見ていても、客と日常会話を交わす様子はほとんど見られなかった。接客はダメでも、味が良ければ客は来る、と井上さんは語る。井上さんが見せてくれたノートには文字がびっしりと書き込まれ、人々の好みに合わせてレシピを試行錯誤している様子が分かった。 移動販売を始めたばかりの頃は人が来なかったが、現在は知り合いから噂を聞きつけた客が多く訪れる。

最後に


を再訪させるために、小道具を使ったり、椅子の配置に気を付けたり、味を追求したりと、多くの店がそれぞれの工夫を凝らしていた。中でもカーゴバイクを使って移動販売している店主たちは、客とのコミュニケーションを大事にしていた。

僕らは訪れた店に行って、また店主たちに会いたいと思っている。また受け入れてくれるだろうという安心感があるのだ。もしかしたらこの安心感こそが、爽やかな解散の鍵なのかも分からない。

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慶應義塾大学 加藤文俊研究室(2015年度春学期)