盆栽リヤカー

梅澤健二郎・此下千晴・土屋麻理

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見つけた


出会いは、ある日曜日の午後7時半頃、外国人やほろ酔いの大人達で賑わう銀座通りを歩いていた時だった。ブランドショップが立ち並ぶ洒落た雰囲気の街に突然、「盆栽」と大きく書かれたのぼりが現れた。のぼりの下には古びた自転車と、ちいさな盆栽が積まれたリヤカー。脇には、特徴的な眼鏡をかけた50代くらいの男性が立っている。盆栽の移動販売だろうか。広い通りの隅で、ひっそりと店を広げている。銀座で盆栽が売られていることがおもしろいのか、この販売形式に興味を引かれたのか、通りを歩いていた何人かが立ち止まってリヤカーの中を覗いている。男性はそんな客たちに「盆栽、いかがですか。1000円からご用意していますよ。花や実がつくものもあります。よかったらどうぞ」と控えめに声をかけている。彼に話を聞けば、「爽やかな解散」の哲学を知ることができるかもしれない。直感的にそう思い、声をかけた。彼は課題のテーマに驚きながらも、快く受け入れてくれた。

彼の名前は吉田忠雄さん。10年前にオートバイで盆栽の移動販売を始め、3年前からは自転車にリヤカーをくっつけた形で続けているらしい。オートバイからリヤカーに切り替えたのは、駐車違反などで取り締まられることが少なく、移動先での移動が容易だからだと言う。移動販売に行く場所は様々で、銀座、品川、武蔵小山、自由が丘など自宅から自転車で行ける範囲のあらゆるところでお店を広げている。週に2、3日、その時の気分で街を選んで移動販売にいくらしい。別の街で販売している姿も見たいと思った私たちは吉田さんに連絡先を教えてもらい、銀座をあとにした。

吉田さんの爽やかさ


次に吉田さんに会ったのはその2週間後、場所は中目黒の駅前だった。吉田さんはホームページやSNSを使っていない。そのため、彼と連絡をとる方法はただ一つ、電話だ。この日も携帯電話に電話をかけて、今日は何時からどこでお店を広げるつもりなのか、と聞いてから会いにいった。移動販売をする時間も場所もその日の気分で決めているので、この時も「武蔵小山か中目黒か品川、どこでもいいんですけど、どこでやってほしいですか?」と私たちに聞いてくるような、ゆるい感じだった。私たちが駅につくと、もう既に彼は中目黒の駅前の少し広い道の脇にちょこんとリヤカーを停めて、静かにお店を広げていた。誰かの邪魔にはならないけれど、人通りはある。そんな場所を上手に選んでいるな、と思った。

02.jpg【吉田さんの盆栽リヤカー】この日はリヤカーの中を隅々まで見せてもらうことができた。リヤカーは、法律上自転車として認められるサイズになっているため、かなりコンパクトだ。そこにちいさな盆栽が所狭しと積まれている。リヤカーを自転車で引いて走ると、大きく揺れて盆栽が倒れることがあるので、低反発クッションを二重に置き、その上に芝生風のマットを敷いている。日が暮れてからお店を広げることも多いため、LEDライトもつけた。あとは、盆栽の手直しに必要な雑巾とタオル。そして、道行く人から注目を集めるための「盆栽」のぼり。必要最低限のものを詰め込んだ、とてもシンプルなつくりになっている。

移動販売を続けていくコツは、街との良好な関係を保っていくことだと言う。その街で暮らす人に気に入ってもらうために挨拶は欠かさないし、ゴミは散らかさず、綺麗に片付けて帰る。苦情を言われたらすぐに移動する。リヤカーのサイズや重量は法律を守っているし、東京都の行商の手続きも忘れない。こういった当たり前のような小さなことの積み重ねが、とても重要なのだ。昔はお店の雰囲気を優先して、風鈴や小型ラジオを付けたり、お香を炊いたりもしていたのだが、そういった音やにおいを嫌がる人がいるのでやめた。オートバイでなく自転車にリヤカーをくっつけた形での販売にしたのも、移動先での移動のしやすさが理由の一つである。今の盆栽リヤカーは、街と良好な関係を保つために十年の時間をかけて洗練されていったものなのだ。

その日の気分で街に現れて、静かにお店を広げ、素早く帰っていく。そしてまたいつか、気分で街に現れる。私たちは、この吉田さんの活動は爽やかさに溢れていると思った。

人との繋がりを求めて


吉田さんはなぜ盆栽の移動販売を続けているのだろう。私たちは彼がお店を開いている時に数回立ち会ったが、その様子を見ている限り、彼がこの活動で儲かっているとは思えなかった。実際に、彼はこの活動以外にいくつかのアルバイトをして生活しているらしい。それでも十年間、彼を突き動かしてきたものは何なのだろう。

彼はこの活動のことを「半分、趣味みたいなものですね」と語る。もともと盆栽を作ることが好きで、作りすぎて家に入りきらなくなった分を裏庭で売っていたそうだ。そんな盆栽をもっと多くの人に届けたいと思い、自分から街に出て売りにいくことにした。移動販売を続けるうちにだんだんと、街に出て人と出会うのが楽しくなってきたのだと言う。

吉田さんには様々な街に「友達」がいる。彼らは吉田さんの盆栽を買わない。待ち合わせや、会う約束もしない。ただ、吉田さんが街に来るとどこからともなく集まってきて、盆栽そっちのけでおしゃべりをする。そんな人々がいろんな街にいるらしい。それを聞いた私たちは、盆栽を買わない人たちが盆栽に関係なく集まってきているなら、もはや盆栽リヤカーなんて必要ないじゃないか、と訝った。しかし、その友達について語る楽しそうな吉田さんを見て、自分たちの勘違いに気づいた。吉田さんは盆栽の移動販売によって、お金ではなく、人との繋がりを得ているのだ。

何かを持って街に出ると、そこでは必ず人との関わりあいが生まれる。ふらっと現れた盆栽リヤカーを目印に、人が集い、語らい、解散していく。次、いつ集うのかは約束しない。けれど、きっとまたいつか会えるだろうという期待は心に抱きながら、彼らはその場を立ち去る。盆栽リヤカーはそんな人と人との繋がりを生み出すきっかけとなる、わかりやすい目印の役割を担っているのかもしれない。吉田さんにとって盆栽リヤカーは、他者と関わりあうための道具なのだ。

「爽やかな解散」のロマン


学期の始め、「爽やかな解散」の現場を探して、その哲学を学んでこい!と言われて、私たちは意気揚々とまちへ繰り出した。しかし、フィールドワークは予想以上に難航した。「爽やかな解散」はその爽やかさゆえに、現れる時間や場所が予期できない。そのため、ただ無計画に街を歩いていてもなかなか「爽やかな解散」に出会うことができなかった。普段からどれだけ意識的に街を歩いているか、どれだけ多くのものごとにアンテナを張っているか。私たちにとってこのテーマは、フィールドワーカーとしての技量を試されているような課題でもあった。先回りして会いにいくことができないもどかしさに苛立ったこともあった。しかし、その不安定さにロマンがあるのも事実だ。

これからは、私たちがこの3ヶ月で学んだことを軸に「爽やかな解散」を形にしていくことになる。街との良好な関係を保ちつつ、人と人の繋がりを生み出すきかっけとなる仕掛けづくりをしていけたら、と思う。

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慶應義塾大学 加藤文俊研究室(2015年度春学期)