恵比寿の余白

Now you see it, now you don't

〈ちょうどいい〉余白

染谷 めい・堤 飛鳥・藤田 明優菜・牧野 渚
[ヱび暖mz]

恵比寿のステッカーの魅力に惹かれて
恵比寿を歩く中で、それぞれが直感的に「余白」だと感じたものを共有したところ、グループ全員が共通して、飲み捨てられた空き缶、落書きやステッカーなど“背後に人の営みを感じるもの”に興味を抱いていたことがわかった。当初、メンバー4人はほとんど恵比寿に足を運んだ経験がなかったため、シンボルであるガーデンプレイスのイメージから恵比寿は整頓されているまちであると考えていた。そのため、実際に恵比寿を歩いたときにステッカーが多く貼られていることに驚きを感じ、違和感を抱いた。私たちがもつイメージとは裏腹に、ステッカーを貼る人にとって、恵比寿はステッカーを貼る「余白」となりうる場所が
多く存在しているまちであるかもしれない。そこにステッカーの面白さを感じ、追いかけることにした。
 
〈ちょうどいい〉を基準に「余白」を考える
私たちは恵比寿に貼られているステッカーに「余白」を感じ、興味を抱いたが、それが課題である「恵比寿の余白」とどのように結びつくかはわからなかった。一度立ち止まり、メンバーの余白観を整理するため、まずは自分の住むまちで「余白」を探すことにした。ひとりひとりの「余白」の定義を共有する中で、4人が感じる「余白」には、〈ちょうどいい〉という漠然とした感覚があることに気がついた。その感覚を基準に「余白」を語れるのではないかと考えた。
 
〇〇を手にすることで自分の状態を変える
4人が共通して、「余白」に対してなにか〈ちょうどいい〉の感覚を抱いていることがわかったため、お互いに感じている〈ちょうどいい〉を恵比寿の中で可視化し、すり合わせることを試みた。まずは一種類のステッカーを作成し、それを持ってまちを歩き、それぞれがステッカーを貼るのに〈ちょうどいい〉と感じた場所を共有した。その一方で、ステッカーを貼るのに〈ちょうどよくない〉と感じた場所から、逆説的に〈ちょうどいい〉の感覚を捉えるため、ステッカー剥がしを持ってまちを歩くフィールドワークも実践した。つまり、ステッカーを貼りたいと思う立場と、そうでないと立場の両方からこの感覚にアプローチしよ
うとしたのである。それぞれが〈ちょうどいい〉と感じた場の要素を抽出し、グループの共通点を導こうとしたが、実際にはメンバー全員にぴったりと当てはまるものはなかった。
「余白」の難しさを噛み締めた一方で、大きな発見もあった。ステッカーとステッカー剥がしを持ってまちを歩いたことで、実際にまちを歩くときの視点が変わった、ということだ。「ステッカーを手にしていると、思わず人通りの少ない道へ向かってしまう」や「ステッカー剥がしを持つことで、正義感が生まれる」など、手にする物によってまちを歩く自分の状態を変えることができるかもしれない、と気が付いたのである。
また、ステッカーの形や絵柄によって自分たちの状態がどのように変わるかを確かめるため、改めて4種類のオリジナルステッカーを作成した。内訳はカエル、バームクーヘン、ネコと独自にデザインしたロゴである。実際に恵比寿に貼られているステッカーを参考に、大きさや形、色が様々になるよう意識した。4枚のステッカーを手に、一人で計2回、それらを貼るのに〈ちょうどいい〉場所を探して歩いた。その結果、ステッカーの種類によって、様々な違いが見られた。例えば、カエルは4センチほどの小ささだったため、ピッタリ収まるような場所を探す傾向にあった。バームクーヘンは美味しそうに見えるため、明るい背景に貼りたいと思うことが多かった。さらに、2回歩いたことでたとえ同じステッカーでも時間帯や周囲の状況などの条件によって貼りたいと感じる場所が変わることに気づいた。
話し合いの中で、私たちが〈ちょうどいい〉と感じた場所にはほとんどステッカーが貼られていないことがわかり、「私たちのステッカーへの向き合い方が実際に貼る人たちよりも丁寧なのではないか」という意見が出た。私たちがあれやこれやと考えを巡らせ、周囲に調和させようとするのに対し、彼らにとってのステッカーは縄張りの意味合いが強く、多くの人の目に触れることが重視されるのかもしれない。

定点観測で見られた変化
すでにステッカーが貼られている場所の変化を目撃するため、ステッカーを手にして歩くフィールドワークと並行して、定点観測を実施していた。その中で大きく変化が見られたのが、恵比寿駅西口付近の高架下の壁面に描かれた警視庁のシンボルマスコット「ピーポくん」である。観測を始めた11月5日の時点で「ピーポくん」に大量に貼られていたステッカーが、観測六回目となる12月6日には、全て剥がされていたのだ!本来想定していたよりも大きな変化であったため、大変な衝撃を受けたのである。
「ピーポくん」を通じて、同じ場所に対して「貼る」「剥がす」という2つの立場がそれぞれ異なる働きかけを行っていることを観測することができた。そのため、そこに2つの立場のサイクルが見られると考えた。再びステッカーが貼られることを期待し、1月21日まで定点観測を続けたが、変化は見られなかった。このまま変化がなかったら、ステッカーを貼る人にとって、「ピーポくん」はもう〈ちょうどいい〉「余白」ではなくなった、といえるかもしれない。
 
アウトプットと展示
私たちは〈ちょうどいい〉という感覚を手がかりにして、「余白」を語ろうと試みた。ステッカーを手にしてまちを歩き、〈ちょうどいい〉と感じた場所を探し続けてきた。その中で、〈ちょうどいい〉の感覚は人それぞれであり、手にするステッカーの形、色や絵柄にも左右されることがわかった。その感覚を体験してもらうため、会場内にはステッカーを貼ることのできる展示物をいくつか設置した。また、グループの展示スペースには、定点観測を続けてきた「ピーポくん」と、メンバーが恵比寿で見つけた4種類のステッカーに対するそれぞれの〈ちょうどいい〉を計16箇所、ひとつの地図にまとめて展示した。
まず、来場者に私たちそれぞれの〈ちょうどいい〉の感覚を紹介する。次に、それを基に私たちのグループの活動を説明し、ステッカーを配布する。4種類だったステッカーは、色違いを含めて33種類に増やした。来場者に実際にステッカーを手にしてもらい、「貼りたい」と思う場所を探すことで〈ちょうどいい〉という感覚を体験してもらう、という試みである。
私たちはステッカーを手にしてまちを歩いたことで、いつもと違う視点でまちを見つめるようになった。それゆえに、今までなら意識しなかったであろうお店の存在や道端の看板にも気がつくようになった。ステッカーを手にして歩くことは、今まで見過ごしてきたあたりまえの物事に目を向けるきっかけを与えてくれたのだ。

「恵比寿の余白」は、2020年2月7日(金)〜9日(日)にかけて開催した「フィールドワーク展XVI:むずむず」(https://vanotica.net/fw1016/)で展示しました。