モバイルリサーチ ::: 2009

概要

ケータイは、わたしたちの日常生活のリズムを変え、より重層的なコミュニケーションを可能にするメディアとして理解することができます。最近では、とくにマーケティングの分野で生活者調査にケータイ(カメラ付きケータイ)を活用する事例が増え、“モバイルリサーチ”として認知されつつあります。
つねにわたしたちの手の中にあるケータイを、“通信機能を内蔵したセンサーの集合体”として考えるとき、「社会調査」という観点、とりわけ、生活誌・生活史やライフヒストリー・アプローチとの関連で考えることはきわめて興味ぶかいと思われます。たとえば、ケータイのカメラによって切り取られる日常の「ひとコマ」は、ひとつの「生活記録」として理解することができます。そして、日々、さまざまな場面で写され蓄積されてゆく写真を、時間的に、あるいは空間的に分類・配列することによって、個人の行動軌跡や人びとが集った「現場」をある程度再現することができます。
ライフヒストリー・アプローチにおいて欠くことができないのは、観察や記録のための技術や方法で、さまざまなメディアの活用によって調査自体のデザインも変化してきました。たとえばビデオやオーディオによる記録によって、調査の「現場」をある程度まで復元することができます。人と人とのコミュニケーションを分析する際に、ビデオを活用することによって、会話のみならず、ちょっとした仕草や目線、身体の向きなども併せて分析できるようになりました。何度もくり返してビデオを見ることで、人と人との微細なコーディネーションについて理解を深めることができるのです。“センサーの集合体としてのケータイ”を活用した調査は、以下のような点で、これまでの調査方法、ひいてはわたしたちのものの見方・考え方を変えうるのではないかと思われます。

(1) 調査に関わるコスト感覚の変容
まず、ケータイをはじめとするあたらしいメディアを活用することによって、調査に関わるコスト、そして調査に対する心理的な感覚が変容する可能性があります。ここで言うコストは、研究者による調査のデザイン・実施・運営に関わるコストのみならず、被調査者の心理的な負担などをもふくめたものです。デジタルメディアの“モニター機能”ともいうべき特質を活用することによって、非干渉的、あるいは相互干渉的といえる調査方法のあたらしい方向性を模索することができるはずです。カメラ付きケータイを活用することによって、これまで手(目)の届かなかった、生活者の日常に接近することができるからです。

(2) プロセスとしての調査
さらに、調査に関わる時間感覚も変化する可能性があります。従来の調査は、たとえばアンケート調査(質問紙調査)の場合は、質問票の配布から回収という一連の流れが、ある決められた時間のなかでおこなわれてきました。もちろん、わたしたちが調査・研究の「しめきり」から解放されることはないと思いますが、あたらしいメディアの特質を活かすことによって、時間的な範囲を拡げた調査が可能になります。身体とともに移動するというケータイの特質を生かして、「いつでも・どこでも」データ収集が可能になれば、調査そのものの「始まり」や「終わり」を同定することが困難になります。現に、こうしたアイデアにもとづいた調査システムの開発が試みられており、逐次更新されるデータにもとづくアドホックな調査結果を、そのつど解釈していくというあたらしいスタイルが提案されています。このことは、調査そのものの目的を再定義することになるでしょう。

(3) 自発的・不可避的なデータの蓄積
すでに述べたように、つねに携帯することが習慣となっているケータイを社会調査に用いることによって、調査自体の「終わり」(そしてある場合には「始まり」)が不明確になり、また調査に関わる金銭的・物理的・心理的なバリアーの軽減にいたるはずです。このような状況は、被調査者による自発的なデータの収集・蓄積と密接な関係を持ちます(被調査者という言い方自体も問い直すことになるはずです)。また、センサー技術の発展をつうじて、近い将来には、壁やまち並みに装着されたメディアとケータイとが連動することによって、いわば不可避的にデータが収集されていく可能性もあります。当然のことながら、セキュリティやプライバシーなどさまざまな問題はありますが、わたしたちがケータイなどの機器を持ち歩くことによって、ある種のデータが自動的に収集・蓄積されていくという方向性が考えられます。

この「特別研究プロジェクト」では、上述のようなあたらしい調査法の特質とその潜在的なインパクトを考えながら、〈社会や文化を知るための方法/活動〉としてのモバイルリサーチの可能性を検討します。実際に、小諸市(長野県)でフィールド調査をおこない、ワークショップ等の運営をしながら、できるかぎり具体的な理解を試みるつもりです。

慶應義塾大学 環境情報学部

加藤文俊研究室
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