的な桜丘

Tekina Sakuragaoka

おかえしする

佐藤 しずく・比留川 路乃・牧野 岳
[しがみつく!]

桜丘との再会とはじまり
夏の特プロに参加していたため、桜丘の土地勘は少なくともあった。三人での活動が始まるにあたり、夏からの変化を感じながらまちを歩く。グラフティや工事現場という面白そうなものから、それぞれが桜丘に対して感じていることを共有した。また、以前から気になっていた個性的な雰囲気を醸し出すパン屋に足を踏み入れたこともあれば、外装が綺麗で長く続いているカフェにも興味がわいた。
 
三人のメディア
「私たち的な」桜丘を見つけるために、三人の特徴をお互いが知らなければならなかった。だから、三人の得意なものや持っている技術は何かを話しあった。すると、がくは動画編集、しずくは文章を書くこと、みちのはイラストを描くことが得意であると判明した。このように、私たちはそれぞれの得意なメディアが違うことに注目した。三人の個性を組み合わせることが、「私たち的な」を生み出すきっかけになると信じていた。
そこで私たちは、自分の得意メディアで桜丘を切り取る試みをした。まずは各々が設定したテーマで取り組む。桜丘の周縁に生える植物を描いたり、時間を決めて文章を書いたり、桜丘を案内した動画を撮ったりと、三人の関心は違う方を向いていた。続いて、「雨」という共通テーマでまちを表現してみた。すると、イラストだと物の輪郭をふちどったり、動画は光をとりこみやすかったりと、自分が選んだメディアが、表現する対象物を決めてしまうのではないかということに気づいた。他にも、気になっていたお店へ各々で行き、それぞれのメディアで表現した。自分の作品を持ち寄り話しあうことで、対象となった現場への理解も深められる。とりわけ、三人がどのように世界を捉えたいかという、お互いを知りあえるきっかけとなった。
 
桜丘にいる人たち
こうして何度も桜丘へ足を運ぶなかで、私たち三人は桜丘にいる人たちと出会うこととなった。それは、夏から気になっていたあのパン屋さんと、たまたま見つけたカフェにいる人たちだ。フィールドワーク中に立ち寄り、彼らとする何気ない会話や、桜丘新入りの私たちを迎え入れてくれるような、優しいコミュニケーションにいつのまにか惹きつけられていた。ときにはお土産をいただくこともあり、ちょっとした隙間でも話をしにいくことが楽しくなってきた。だから私たちは、ゆるくつながっていくコミュニケーションを続けていくことにした。
 
通い続ける
この二つのお店に通えば通うほど、私たちが得られる情報は増えていった。10月末になり、桜丘の再開発に伴って、対象地域のお店が次々と閉店していった。幸いにもこの二つのお店は対象地域から離れていたので、閉店の危機には晒されなかったが、まちの変化は止まらない。30年前からの知り合いだった飲食店がこれを機に閉店したことや、下の飲食店で食事をとれなくなったオフィスワーカー達がそのパン屋を利用し始めたことで、客が増えたという複雑な事情も伺った。他にも、桜丘のことだけでなくお店のサイクルについても徐々に分かり始めた。お昼の時間帯に行くと忙しいため話をする余裕がないことや、あまり遅くに行き過ぎると翌日の仕込みの時間帯に被ってしまうため邪魔になってしまうことなど、経験的にお店のサイクルを理解していった。
情報が増えていくのは、私たちの側だけではない。何度も通って話をするなかで、彼らが持つ私たちの情報も増えていく。私たちの顔や名前はもちろん、大学の研究で桜丘を歩き回っていること、髪型が変わったこと、普段はかけているメガネをかけていないことまで話題に上がるようになっていった。十分ほどで話が終わる日もあれば、三時間も話し続ける日があったり、お店の常連さんを紹介してもらったりと、お互いのペースで、ゆるいコミュニケーションを続けてきた。人に注目し、彼らと会話することによって、私たちは桜丘を知り、そして通う場所が決まることで桜丘での動き方も安定してきた。たくさんのお話を聞き、人を紹介してもらうなかで、私たちの中で彼らに対する感謝の思いと「かえす責任」が高まっていった。
 

ポスター

 
葛藤と達成
順調に進んでいたが、始まってから三ヶ月ほどで行き詰まる。これまで取材という畏まった調査よりも、ふらっと立ち寄るコミュニケーションを続けることで見えてくるものがあるのではないかと考えてきた。しかし、「なぜ、突然店に現れた見知らぬ大学生が、三ヶ月という短い期間の中で何の目的もなく頻繁に来店しているのか?」という疑問を、彼らとの会話から感じるようになってきた。その一方で、頻繁に通ってきた結果も相手との関係性の中で感じられるようになってきた。ふらっとお店に寄った時に、「厨房入っていきなよ。」「あなた、飲み物ご馳走するわよ。」と言ってもらえた時には、どこか認められた気がして、達成感を感じることができた。このように、フィールドワークにおけるポジティブな側面とネガティブな側面に葛藤した私たちは、彼らに何かを「おかえし」しようと思いついた。単純に「これまでのお礼」がしたいということ。また、自分たちの存在を彼らに認めてもらい、私たちにとって「気軽に足を運べるお店」にしたいということ。これら二つの目的を持つ、制作物としての「おかえし」を私たちは考えた。
 
おかえしする
おかえしの形として、今までにもらってきたものを手がかりにした。写真集を借りたことからオリジナル写真集を、またもらったパンやこれまでの体験を込めたポスターを作った。そして、二つのおかえしの共通テーマを「ここから続いていくもの」とした。どちらの制作物にも、渡しただけでは終わらないような設計をした。具体的には、私たちが彼らに渡す制作物に、彼ら自身やお店のお客さんがコメントを書き込めるようにしたのだ。それは単なる置き土産的なお礼ではなく、制作者である私たち自身が制作物の変化を目にすることができ、再び私たちがお店に行くきっかけになる。このようにして、真の意味で私たちにとっての「気軽に足を運べるお店」になるだろうと考えた。

写真集『渋谷の記憶から』 ←クリックして、ダウンロードしてください。(25.2 MB)

私たち的な
はじめはそれぞれの強みを組み合わせることで、グループの個性(的な)を作り出そうとしていた。しかし、桜丘の人と話し、親睦を深めるにつれて、私たちの「的な」とは、「まちの人たちとどのような関係をどうやって築いていくか」にあるのではないかと考えるようになった。その結果が今回のおかえしという形となった。まちの人たちとどのように出会い、どのように距離を縮め、どのように心を許してもらうか。ここに「私たち的な」桜丘を込められたと思っている。
 
『的な桜丘』は、2019年2月8日(金)〜10日(日)にかけて開催した「フィールドワーク展XV:ドリップ」(https://vanotica.net/fw1015/)で展示しました。