的な桜丘

Tekina Sakuragaoka

おわりを語る

木村 真清・笹川 陽子・染谷 めい
[もっと歩いて、もっと愛して(MAMA)]

フィールド・対象の決定
私たちのグループ名は「もっと歩いて、もっと愛して(MAMA)」である。私たちは、フィールドワークを重ねるにつれ、桜丘の再開発区域に関する理解を深めていった。渋谷再開発計画により、桜丘のいくつかの区域で新たに東急のビルなどが建てられることがわかった。その区域は桜丘再開発区域と呼ばれている。再開発区域は「桜丘町一、三、八、十一」であり、区域内のお店は、2018年10月いっぱいで退去するよう指示を受けていることを知った。つまり、10月のうちに、閉店が立て続けに起こることを知った。お店が閉店することは日常的にはよくあることだ。しかし、それが同時期に立て続けに起こることは、今の桜丘でしか見ることができないものだと考えた。そして、私たちのグループは桜丘の再開発地域フィールドに、閉店するお店の最後の瞬間に居合わせることにした。
 
「MAMA的な」とは
閉店に居合わせることでわかったのは、想像していたよりも実際の閉店はさっぱりしていること、同じ閉店に居合わせているのにそれぞれ見ているものが違うことである。初めは、この「メンバーそれぞれ見ているものが違う」ことこそが私たちのグループの「的な」(MAMA的な)であると考え、それぞれが閉店に居合わせる時に注目した対象の違い、つまり「それぞれの的な」に着目することにした。「それぞれの的な」を際立たせるために、メンバーそれぞれが閉店で感じたことを、一人一人得意な表現方法で自由に表現しようと試みた。三人はそれぞれ、写真・イラスト・文章が得意で、それがどれも紙媒体で表すことができたので、絵日記のようにまとめることにした。また、閉店「(お店を)閉じる」を紙媒体する「(本に)綴じる」ことから、その絵日記を「とじとじ(閉じ綴じ)」と名づけた。
「とじとじ」を作ってみて、大きな壁にぶつかることになった。それは、グループメンバーのそれぞれの個性を際立たせることが、果たして「MAMA的な」になりうるのか、という問題である。結果、絵日記風の「とじとじ」は一人一人の的ながばらばらとなって紙に乗っているだけで、「MAMA的な」ではないという結論に至った。そこで「MAMA的な」とは何かを考え直すことにした。
まずは、「メンバーのそれぞれの視点が異なること=MAMA的な」とすることを考えた。それには、三人の個性の表現方法が全く交わらないことが必要であった。食べながら泳いで寝る、ような同時にはできない要素を三人がもつことが必要だったが、実際には三人が全く交わらないことはなかった。議論を重ねた結果、「それぞれの的な」を「MAMA的な」にするには、三人の「的な」が溶け合っていることが必要であることに気がついた。閉店に居合わせてわかったことに立ち返り、三人が共通して抱いている思いに着目していくことにした。
どの閉店でも、三人は共通して閉店に理想像を抱いていて、「理想の閉店と現実の閉店にはギャップがある」と感じていたので、そのギャップを表現することにした。つまり、「閉店のギャップを伝える=MAMA的な」としようと考えたのある。
「MAMA的な」を表現するにあたり、それぞれの「的な」が際立ちすぎてしまい、MAMAらしさが損なわれないようにすることが必要だった。そこで、三人がともに経験したことのないアウトプットの仕方として音作りにチャレンジしたが、三人ともに音編集の経験のない初心者であるがゆえに、自分たちの納得するものをつくることはできなかった。
そこで、三人の共通して伝えたい思い「理想の閉店と現実のギャップ」を伝えることのできる成果物を考え直してみることにした。三人で考えた「とじとじ」という名前に愛着をもっていたということもあり、もう一度「とじとじ」を、今度は全員が同じ文章で表現し、文庫本の形に作り変えることにした。

 

『とじとじ - 桜丘閉店物語』(PDF版)は、8種類(a〜h)あります。クリックして、ダウンロードしてください。

『とじとじ-桜丘閉店物語-』
閉店は特別な盛り上がりを持つという想像を誰しも持っているようである。例えば、閉店セレモニーに代表されるように、最終日にお店の代表が挨拶をしたり、お客さんが拍手でシャッターが降りる瞬間を見送ったりするような理想像である。そういうイメージを持っているために、実際に居合わせると「さっぱりしている」と感じるのだ。つまり誰もが閉店に対して同じようなイメージを抱き、過度に意味付けをしてしまっているということである。閉店の理想像のようなものを共有しているとも言うことができる。この発見を体験的に伝えることを、『とじとじ-桜丘閉店物語-』の軸とした。
この本には、三店舗(「かいどう」「あおい書店」「富士屋本店」)の閉店に対して、それぞれ理想と現実のどちらかが綴じられている。実際の閉店に居合わせた一人がその閉店の現実を描き、居合わせていない一人がその閉店の理想を想像しながら描く。全員が異なる店舗の理想と現実を書いているが、それぞれの物語を書いたメンバーの名前はあえて載せていない。この本が、それぞれの的なが溶け合った「MAMA的な」であることを強調するため、作者を匿名MAMAさんとし、MAMAさんが桜丘での閉店で感じたことを物語調で文章に残しているという設定にしている。
一店舗の閉店に対し現実と理想について二つの物語があるので、計6つの物語がある。その物語を単に順番通り並べて綴じるのではなく、書かれている物語が読者に理想か現実か分からないよう工夫した。章が順番に「かいどう」「あおい書店」「富士屋本店」に分かれていて、それぞれ理想か現実になっているので、2の3乗で8種類の組み合わせがある。本も合計で八種類つくることにした。この物語を読んでいただくことにより、読者に閉店を追体験してもらうことが可能になる。さらに、今読んでいる物語が現実か理想のどちらかであることを念頭に読んでいただくことで、その体験の中から、私たちのグループが伝えたかった「さっぱり」感や理想と現実のギャップを理解できる仕組みになっている。また最後に「解説」の章もつくることにした。
文庫本というアウトプットの形を取ったことで、展示の仕方(魅せ方)をより一層工夫する必要があった。この本は計50ページほどに渡るため、読み切るのにそれなりの時間がかかる。そのため、展覧会中にその場で読むことに難しさがあり、また持ち帰ってしっかり読みたいという要望があることも分かった。その場で全て読んでいただく代わりに、すぐに読める試し読みの本を用意することにした。試し読み本は、すべて物語の一部分のみが書かれており、その先が気になるような構成になっている。試し読み本を来場者の方に読んでいただき、それを元に私たちのグループ活動の説明をする。そうすることによって展示を完成させようとしている。
理想というのは、嘘ではない。そもそも期待していたある種の真実である。『とじとじ-桜丘閉店物語-』という媒介を通じて、閉店の真実を描こうとする試みなのである。
 
『的な桜丘』は、2019年2月8日(金)〜10日(日)にかけて開催した「フィールドワーク展XV:ドリップ」(https://vanotica.net/fw1015/)で展示しました。