恵比寿の余白

Now you see it, now you don't

共感する余白

太田 風美・笹川 陽子・田村 糸枝梨・水野 健
[シスターズ]

初期段階での各々の認識
シスターズは、一人が恵比寿育ち、二人は恵比寿に数回訪れたことがある、もう一人が一度も恵比寿に来たことがないという四人のメンバーで構成された。
まずはグループ発足時点でそれぞれの余白についての認識を共有するべく、恵比寿で余白を感じるものを探す最初のFWを行った。その結果、各々が今までどう恵比寿に関わってきたかによって恵比寿のある特定の場所を「知っている度」に違いが出ているのではないかと考えが出た。例えば地元の人であれば、恵比寿に仕事でくるだけの人よりも駅から離れた場所について詳しい。様々な「知っている度」の人に恵比寿の「知らない場所」を聞き込み、誰にも開拓されていない場所を探すことができれば、そこが「恵比寿の余白」と言えるのではないかと考えた。しかし、私たち四人の感性が薄まってしまうという問題により断念。グループワークは振り出しに戻った。
 
グループワークの目的の再確認
グループらしさを出すことが難しくFWの方法を決めるのに悩んでいた私たちは、再度グループワークの目的を先生と確認した。それは「他人の余白観(余白の捉え方)を知って自分の感性を磨いていく」ことだった。個々人の余白観が異なることを前提に、その感性を理解し共感しようとするのがグループワークの目的である」とのことだった。この話を元に、まずはメンバーそれぞれが自分の感性を最大限駆使して一物件ずつ選び、最後にそれらの物件に共通する要素をもってグループの一物件を選ぼう、という方向性になった。また、グループワークの目的の再確認と合わせて、状態と属性、条件の定義も整理した。それは「余白は属性ではなくいくつかの条件が重なった時に見えてくる状態」ということである。条件というのはこの認識だけを持って、私たちは次のFWに向かった。
 
範囲を狭めてのFWとその失敗
個別行動でFWをし、それぞれが見つけてきた「余白を感じる物件」を集めた結果、全く異なるものが集まった。ただ、一物件だけ二人のメンバーで被るものがあり、二人のメンバーがその物件の余白観は異なった。このように一つの物件に二つ以上の余白観が働く可能性があるという、大きな発見を得た。
 
ある道の発見と感性タグ
この発見を持って、今度は一つの物件に対して四人全員が異なる余白観を働かせる物件を探し出すため、再びFWの方法を変えてみることにした。今までが個人で見つけてきた物件の中でもお気に入りの物件に、メンバー全員で訪れるという方法である。これまではFWをする時、集合したあとに個人行動したあとで写真を見せあうということが多かった。だが、実際にみんなで同時に見ることで新たな発見があるのではと考えた。また、FWと並行して、「感性タグ」というそれぞれの余白観を言語化する取り組みを行った。例えば、あるメンバーは #不可思議 なものに反応し、あるメンバーは #オノマトペを感じる ものに反応する。またあるメンバーは #心にゆとり を感じると反応する、などだ。この取り組みの結果、個人の中でも複数の異なる余白観を持っていることがわかった。このように、FWで訪れた物件に感性タグをつけてみると、ある一つの物件に四人全員のタグがついた。その物件は、「住宅街の中で突如と現れる砂利道」だった。「個人の状態」という条件、時間などの環境による条件がうまく重なり合ったおかげで、異なる余白観を持ったまま、四人全員が「余白だ」と感じることができる物件を見つけたのである。
 
「余白力」という言葉の登場
私たち全員が余白を見出す砂利道は、異なる四つの解釈を持ち合わせているという意味で「〈私たちにとって〉余白力の高い物件」となる。つまり、物件それ自体の余白力が高い状態は、同時に私たちが余白を見出す感度が研ぎ澄まされているということだ。つまり、物件それ自体が余白力を持っているより、余白力は観察する私たちの方に余白観が異なる四人全員が集まっていることで、私たちは「余白力が高い」集団となる。そんな状態の私たち全員が「余白だ」と感じたのが砂利道なのである。このような物件を砂利道以外にも見つけるべく、さらにFWに繰り出した。四人同時にまちを歩く中で誰かが気になるものを見つけた時に周りに知らせるよう、パターンで光る星のスティックを利用して、その場で「余白を物件に感じる度合い」を五段階でレーティングするという方法に至った。その結果、砂利道以外にも、一つの物件に四つの解釈を見いだせる納得の物件を二つ見出した。
つまり私たちは「余白」という人によって解釈の異なる概念について、町を共に歩くことによって理解しようとする試みを繰り返した。それが一つの状況について多くの解釈ができる可能性の指標「余白力」という見方を導き出したのだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  「余白力」を生き生きと伝えるために
ここまでのプロセスから、FWするときの異なる余白観を持つ人数が増えれば、集団の余白力は高くなることが分かった。ということは、他者の余白観を取り込めれば、個人の余白力も必然的に高まるだろう。そこでメンバー個人の余白観に共感しようとするためのツールとして「余白観フィルター」を作った。これは簡潔な文字数と強い主観性という特徴を併せ持つ詩を透明なアクリル板に印刷したものである。これを通して街を見てみることでそれぞれがどんな余白観を持って街を見ているのかを擬似的に体験できるのである。余白観フィルターを制作後、実際に四人で恵比寿に集まり、自分以外のフィルター三枚をローテーションさせながらフィルターに合う物件を見つけるFWを行った。
このFWの結果、一人あたり七〜八物件をみつけることができ、FW後の振り返りではメンバー全員が無理なく他の人の余白観を理解し、物件を実際に発見する作業をすることで共感に近づいたと感じていた。フィルターを使い、自分の状態を変えて、いつもと違う視点を持って歩くことで、普段の自分では目に留まらない光景に足を止めることができる。また、自分のフィルターを使ってメンバーが撮った写真を見てみると、自分には見出せなかった余白の光景が収められていた。余白観フィルターは余白観の共有だけでなく、もともと持っている自分の余白観の拡張にも有効なのである。
グループワークが始まって以降、私たちはグループの余白観のまとまりの無さに頭を抱えて、他の人の余白観に対して「理解はできるが共感はできない」と感じていた。しかしそれは頭の中だけで考えているからであり、余白フィルターというツールを持って現場に出てみるだけで、すんなり共感できてしまった。この気づきに至るまで随分と時間はかかってしまったが、人の感性を理解し、共感しようとする努力により、私たち個々の見える世界が広がったことに嬉しく思う。

「恵比寿の余白」は、2020年2月7日(金)〜9日(日)にかけて開催した「フィールドワーク展XVI:むずむず」(https://vanotica.net/fw1016/)で展示しました。