「時間割」にない授業
創造的な活動には、インフォーマルなコミュニケーションが重要です。たまたま居合わせた人とのコミュニケーションが、予期せぬ結果へと結びつくことがあります。「未知の隣人」との出会いが、創発への第一歩なのです。こうしたアドホックな出会いは、「偶然」に任せていたら、おそらくは実現しないでしょう。あらかじめ予定を組むと、それはすでに「必然」になります。そう考えると、大学における「時間割」という仕組みがとても窮屈に思えてきます。その日の気分で教室をえらぶことはできないし、時間が来たら、否応なしにコミュニケーションを中断せざるをえないからです。インタラクティブな授業づくりの工夫はたくさんありますが、その多くは「時間割」にしばられています。
じっさいに、学生とのコミュニケーションについてふり返ってみると、ちょっとしたきっかけが、面白いプロジェクトに結びつくことが少なくありません。教室でのコミュニケーションではなく、立ち話やフィールドワークの最中だと、リラックスできるからかもしれません。フェイス・トゥ・フェイスにかぎらず、メーリングリストやSNSも、インフォーマルなコミュニケーション機会をつくるために有用です。よく、アイデアを生む「4つのB(Bed, Bath, Bus, Beer)」などということを聞きますが、ぼく自身は、通勤のクルマ(バスではなく)の中や飲み会の席で、いいアイデアを思いつくことがあります。
誰かの呼びかけが、信頼できるかたちで伝わり、それに対して即座に応えることができるようになれば、創発的な「教室」が生まれます。〈その時・その場〉で結ばれる関係性は、緊密なコミュニケーションを実現するはずです。こうしたプロジェクトの仕組みを考えることで、地域にとっての大学の役割を再考することができるはずです。
たとえば、坂出フィールドワークでは、学生たちはグループに分かれて、商店街でフィールドワークやインタビューをおこない、一晩かけて、30秒のCM映像を作成しました。まず、まちが「教室」になります。地域を理解するためには、じぶんの足で地面を感じ、そこに暮らす人びとの声を聞くことからはじまります。宿の大広間は、机を並べれば「スタジオ」として使うことができます。最近のノートPCなら、簡単な動画編集ができます。マシンのスペックも、学生たちのリテラシーも、ここ10年で大きく変わりました。さらに、古い民家は「シアター」になります。徹夜で完成させた映像を、地元の人びとに観てもらい、意見交換をしました。まさに調査をおこなった現場で、場合によっては被写体となった人から、直接感想やコメントを聞くことができます。
「モバイルリサーチ」という言いかたをしていますが、それは、たんにモバイルメディアを使った社会調査/フィールド調査ではなく、調査者が旅をしながら、行く先々で創発的な「場」を立ち上げる試みなのです。90分ひとコマの授業で換算すれば、1泊2日のワークショップ形式で研究プロジェクトを実施すると、少なくとも10コマ分になります。窮屈な「時間割」から脱出して学び、その「場」で生まれたアイデアは、地域に還します。
自然発生的に、そしていろいろなところでこのようなプロジェクトが動き出せば、地域との関わりについてあたらしい理解を創造できるでしょう。すでに、さまざまな「オフ会」はいたるところでおこなわれているし、「フラッシュ・モブ」という興味ぶかい現象も観察されています。アドホックな集まりが、これからの社会調査やコミュニティづくりのための原動力になると考えられます。
こうした問題意識のもと、「キャンプ」をコンセプトに活動をデザインしていくことにしました。そもそも、「キャンパス」の語源は「キャンプ(camp)」です。大学の「時間割」によって組織化される時間・空間を再編成して、創造的な「場」づくりを実践します。その実践が、「創造性に富み、活気のある「グッド・プレイス(good place)」はどのように生まれ、育まれてゆくのか」を考えるヒントになるはずです。