印象的な会話が発生した場所

まちを通じて関係性の変化を見る

大森 彩加・河井 彩花・松下 竜大
[マツシタくんとアヤカちゃん]

 「ラボラトリー」を考える

私たちはまず、「となりのエンドーくん」というタイトルと、全体で共有された資料を元に、今学期のグループワークのテーマの意図と方向性について話し合った。私たちが最初に話し合い、最後まで重要視した内容として、「フィールド・ラボラトリー・コンセプト」がある。これは、資料『「ラボラトリー」とデザイン』*1 を参考に理解を深めた。ものごとを、観察可能領域であるフィールド、不可視領域であるコンセプト、これらふたつをつなぐ操作可能領域であるラボラトリーに分けることで、仮説を作りながら思考していくための枠組みである。
上記の枠組みは、グループワークを進める上で何らかのヒントになるのではないかと感じた。また、事前に履修課題で読んでいた『集まる場所が必要だ』*2を思い出し、遠藤というフィールドを通じて「集まる場所」というコンセプトについて考えていくことにした。私たちは「集まる場所」からさらにイメージを膨らませ、「人とつながりたいと思える場所」を考えていくことにした。そして、遠藤で人とつながりたいと思える場所を探すためには、どのような調査の方法(=ラボラトリー)が適しているかを、探ろうとした。
 

まちへの近づき方と人への近づき方

私たちはコンセプトについて議論を重ねていたのだが、最初の進捗共有のプレゼンで、先生や先輩から「コンセプトは事前に決めて出かけるのではなく、現場で見つけるべき」というアドバイスをいただいた。そこで、事前に「何を見たいか」「何を見るか」を決めることはやめ、メンバーがまちをみるための共通した方法(=ラボラトリー)を持った上で遠藤を歩き、注目した点をまとめることにした。それぞれの、まちの見え方の違いを見るため、3人が別々に遠藤を歩くことにした。そして、ポストカードを人型に切り抜いた「切り抜きエンドーくん」越しに写真をとるという共通の方法を設計した。
河井は整備された歩道を何度も歩き、大森は気になった場所を思うままに進み、松下は事前に歩く場所を決め、その範囲内を歩いた。三者三様の歩き方をし、着目しているものもさまざまであった。歩いた範囲や反応したもの、歩いた頻度などを共有し、違いに注目する中で、まちへの近づき方は人への近づき方に似ているという気づきを得た。例えば、整備された歩道を何度も歩いた河井は、新しい人に出会った時にも積極的に近づこうとはせず、時間と共に馴染もうとする。気になった所をどんどん歩いた大森は、初対面にさまざまな話題に触れ、気が合いそうな人を見極めていく。事前に歩く範囲を決めた松下は、共通の話題を探してから話しかける。また、「切り抜きエンドーくん」越しに撮影した写真を見ると、河井は道路の写真、大森は植物の写真、松下は建造物の写真が多いという特徴があった。
このように、まちを知る上での姿勢と、人間関係の慎重さには、類似が見られ、また着目しているものもそれぞれの関心に応じてさまざまであった。この違いをおもしろいと感じたため、さらに深堀をし、興味関心分野やこれまでの経験を共有していくと、3人が全く違う人間関係の築き方をしてきたことに気がついた。
そこで、次に私たちは、3人の関係性、つまり「集まり方」について考えてみることにした。そのために、別々に歩くことをやめ、「切り抜きエンドーくん」を持ちながら一緒に歩くことでお互いのことを知ろうとした。
 

3人で歩いた

6月、私たちは合計4回、3人で一緒に遠藤を歩いた。相変わらず、進みたい道も興味を持つものもバラバラな3人だったが、別々に歩いていた時と同じように歩いた道のログや撮った写真を共有していても、話は「なぜそれに注目したのか」ではなく、「その道を歩いていた時に話していたこと」や「その写真を撮っていた時のお互いの様子」などが中心となった。地図を見るだけで、そこでの会話や3人の空気感を鮮明に思い出し、「この信号待ちはぎこちなかった」「この道で会話が盛り上がった」など、遠藤という場所を通じて3人の関係性を見ることができた。
繰り返し歩く中で遠藤の地図はただの無機質なものではなくなっていた。遠藤の地図を見ると、3人でした会話を思い出す。それらの会話は、どれも他愛もないものであるが、これまではバスで通り抜けるばかりで馴染みのないまちだった遠藤に遠藤に私たちの記憶の断片が散らばって、自分が歩いたという事実を実感できるまちに変わっていた。私たちは、遠藤を媒介にして、3人の関係性を築いていった。
 

体験のおすそ分け

学期の終わり、私たちはこの体験を3人以外の誰かに届けたいと思った。頭に浮かんだのは、なかなか会うことのできないおばあちゃんのことだった。大学進学を機に上京し、距離が遠くなったことに加えて、新型コロナウイルスの影響が重なって気軽に会うことができなくなってしまったが、おばあちゃんはいつも私たちのことを気にかけてくれている。そんなおばあちゃんに春学期のグループワークの様子を届けることで、大学生活を楽しく過ごしているということを伝えて安心してもらいたいと思った。
そこで作成したのが、遠藤の地図を8分割したポストカードセットだ。「体験を分け与える」という意味と「おばあちゃんに宛てる」という意味を込めて「endo ate…」という名前をつけた。体験をおすそ分けするために、ポストカードの表面には「歩いた道」を色付け、「印象的な会話が発生した場所」をプロットした遠藤の地図をのせた。裏面には、表面のプロットと対応して「どんな会話をしたか」を演劇の脚本をヒントに記載した。こうすることで、どんな場所でどんな会話をしたかがわかり、私たちの春学期の活動を追体験できるものにした。8枚のポストカードセットは、1枚ずつおばあちゃんに送るつもりだ。分割して少しずつ送る仕様にすることで、おばあちゃんに何度も手紙を出す理由ができる。記憶の断片が散らばった遠藤の地図を、思い出のパズルを完成させるようなイメージで届けられるという点が気に入っている。
 
 
*1  加藤文俊(2017)「ラボラトリー」とデザイン:問題解決から仮説生成へ『SFC Journal』第17巻第1号(pp. 110-130)
*2 エリック・クリネンバーグ(2021)『集まる場所が必要だ:孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学』(英治出版)