渋谷のプリズム
Shibuya Prisms

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「じどる〜と」で渋谷をたどる

木村 温斗・松井 七海・山本 凛
 

渋谷で待ち合わせ

秋学期の初め、渋谷でのフィールドワークのために私たちはハチ公前で待ち合わせをした。渋谷の待ち合わせ場所といえば、という安直なイメージで選んだものの、人の溢れる休日のハチ公前で合流するのは決して簡単ではなかった。また、渋谷のまちを歩いてみると、誰かを待つ人の姿や、ちょうど声を掛けて合流しているような場面を多く見かける。ハチ公前やTSUTAYA前といった、定番の待ち合わせ場所以外で待ち合わせをしている人々を何度か見かけるうちに、私たちは、渋谷というまちに馴染み、土地勘を育てていくことで、待ち合わせの場所や集まり方も変化していくのかもしれない、と考えた。渋谷での待ち合わせを観察することにした私たちは、遠く離れた友人同士の久々の再会の場面や、一時的に別行動をとっていた2人が再合流する場面など、渋谷のまちの中で大小さまざまな待ち合わせが行われていることに改めて気付いた。多種多様な待ち合わせを記録したいと考えて歩いてみたものの、いつどこで起こるか分からない待ち合わせを見つけるのは、想像していた以上に難しかった。そこで、場所や時間といったシチュエーションを設定して自分達で待ち合わせをし、それを記録することで渋谷での待ち合わせ観察を試みた。
 

動画を見ながら考えたこと

待ち合わせの様子を記録するために、自撮り棒を購入して、待ち合わせまでの3人それぞれの移動の様子を動画に収めることにした。表情の変化を見るために、インカメラを用いて自分の顔と風景が映るように撮影した。ハチ公前や渋谷区役所などさまざまな場所を待ち合わせ場所として設定し、計14回の待ち合わせを記録した。自撮り棒を持つことで、自撮り棒を持っている私たちだけでなく周りの人の振る舞いが変化することや、合流できた時の感情と待ち合わせ場所との関係など、色々な発見があった。また、3人の様子が同時並行的に確認できるよう、3つの動画を横に並べて編集した。編集した動画を振り返って見てみると、スタート地点から待ち合わせ場所に辿り着くまでの私たちの移動の様子が、メタ的な視点で収められている動画になっていることに気が付いた。進行方向とは反対側の風景に、移動する”わたし”が埋め込まれているこの動画は、スナップショット的な「ここにいた」という点の記録が連なった線、つまりそれぞれの移動の軌跡を示すルートになっている。時間地理学的に捉え直してみると、スタート地点から待ち合わせ場所という2つのステーション(停留点)の間にプリズムがあり、その中に現在進行形で描かれていくパスを追いかけるような記録になっていると言えるだろう。私たちは、それぞれがプリズム中でどのように活動・移動していたのかを観察するためのメディアとして、この動画を深めていきたいと考えた。
 

「じどる~と」

私たちはこの、自撮り棒を用いてそれぞれの移動の様子を収めた自撮り動画を「じどる〜と」と名付けた。「じどる〜と」には、先述のようにメタ的な視点での移動の軌跡が収められている。そのため、「じどる〜と」を観察すると、撮影者それぞれの移動中の表情や仕草といった移動の様子や、「会うこと」への意識のちがい、目線の位置から読み取れるまちの中のランドマークに対してのリアクション、そして、それぞれが歩いてきた道のり等が見えてくる。「じどる〜と」から見えてくるものに面白さを感じた私たちは、私たち自身が渋谷というまちにどのように反応しているのかを調べるメディアとして「じどる〜と」が役に立つのではないかと考えた。実際に3人の「じどる~と」を並べて動画を再生してみると、渋谷のまちに慣れている人とそうでない人とでは歩いている時の表情や、動画内で描かれたパスのシンプルさなどに顕著に違いがあらわれていた。たとえば、「じどる~と」を撮影している間はスマホのマップ機能などを使うことができないため、はじめて行く場所へ向かう人の表情は少し暗いように感じられたり、それぞれが歩いた道のりから、渋谷というまちをどのランドマークを頼りにしながら歩いているのかが推測することができたりした。こういった撮影者それぞれの違いをより具体的に見つめていくことで、プリズムの中の活動・移動可能性に対するそれぞれの反応や選択のちがいを考えていくことにした。

 

プリズムを拡大してみる

家族でショッピングモールに行って、「30分後にあのお店の前で集合ね」なんていうシチュエーションを経験したことはないだろうか?私たちは、日常の中に溢れている小さな待ち合わせの中で何が起こっているのかを「じどる〜と」を使って観察してみることにした。まず、ルデコをスタート地点として、30分後に渋谷キャストで待ち合わせをするシチュエーションを考える。その間に、「東福寺にお参りする」もしくは「茶亭羽當の写真を撮る」という2つのタスクのうち、どちらか好きなものを選んでこなすことにする。3人それぞれがこのシチュエーションを歩いて撮影した「じどる〜と」と、それを元に作った時間地理学の三次元グラフを立体模型で表し、それらを元にプリズムの中で何が行われているのか考えた。私たちは、待ち合わせ場所に向かうルートの中で、気になるものに足を止めたり、知らない景色に惹かれて足を延ばしたりする。その一方で、待ち合わせの時間が迫ってくると、少し歩調を速めたり、迷子にならないよう、慣れた道を選んだりしていた。このような選択を重ねながら場所と時間を調整することによって、私たちは「待ち合わせ」を成り立たせている。時間地理学のグラフは多くの場合、デイリーパスやウィークリーパスなど、ある程度まとまった時間の区切りで描かれることが多い。その中にあったであろう寄り道や信号待ちのような小さなパスの揺らぎは、直線に統合されてなかったことになってしまう。30分のパスを拡大し、わたしと他者の個別具体的で微細な動きを並べてみることは、私たちが普段、時間や距離の感覚・経験を用いながら、その時間・その場所・その状況に合わせて、無数の選択肢の中から行動を選択していること、その堆積によって私たちの日常が成り立っていることを教えてくれる。プリズムの中で行われる何気ない活動・移動を可視化し、私たちがどのようにまちと関係しているのかを知るためのメディアとして「じどる~と」を提案したい。