交わらない場所:イントロダクション

イントロダクション

見慣れた景色のなかに、「交わらない場所」への入り口がたくさんある。


「交わらない場所」とは何か。まず一番わかりやすいのは、何らかの必要があって、アクセスが明確に制限され、私たちが交わらないようにデザインされている場所です。たとえば洗面所は、男女別の表示があって、アクセスが制限されています。身長が足りなければ、ジェットコースターには乗れない、ある年齢に達しないと入館できないなどのケースも、交わらない状況として理解することができます。パスポートや入館証、チケット、カギの類は、交わらない場所を維持するための、仕組みや道具だと言えるでしょう。なかには、「女性専用車両」のように、決められた時間・空間だけ、交わらない場所に変わることもあります。
このように、ジェンダーや年齢などの属性によって、私たちの「棲み分け」が実現している場合は少なくありません。じぶんにしかアクセスできない場所があるとするならば、それは、とても貴重なフィールドになります。

心理的な距離感や親しみやすさによって、交わらない場所が生まれ、維持されることもあります。たとえ美味しいと評判でも、油にまみれたラーメン屋は、女性には敬遠されがちです。常連ばかりが集う店では、ちょっとした所在のなさを感じながら過ごすことになります。あるいは、男性が女性用の下着売り場をウロウロしようとすれば、周りの視線によって阻まれます。このように、アクセスは許されていながらも、近づき難い場所は、他にもたくさん思い浮かぶはずです。
私たちは、意識的にも無意識的にも、ある場所に対するじぶんの〈ふさわしさ〉に想いをめぐらせているのです。好きなまち、お気に入りの道のりは、居心地の良さや他のさまざまな魅力によってえらばれています。これも、〈ふさわしさ〉への意識と無関係ではありません。場違いな人を見かけると、ちょっとばかり冷たい視線を送ってしまうのは、場所への帰属意識、つまり、ある種のメンバーシップを感じているからなのです。

さらに興味ぶかいのは、時間的・空間的なズレによって、交わらない場所がつくり出されるような場合です。それは、目立ちにくく、それでも確実に身近に存在する場所です。たとえば、おなじ大学に通っている学生でも、時間割がちがえば、会う機会は激減します。出入りは許されているし、仲間として見られているはずなのに、生活リズムの相違によって、めったに交わることがないのです。おなじように、シフトが組まれ、ことなる時間帯で仕事をしている人どうしは、接点がありません。
私たちの日常生活は、予想以上に規則的です。ひとたび慣れ親しんだリズムがつくられると、目に見えない境界線によって、時間・空間が分節化されます。そんななか、ちょっとしたハプニングによって、「あたりまえ」の生活リズムが変容するとき、私たちは、ふだんは交わることのない場所との接点に気づくのです。

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「交わらない場所」というテーマを着想したとき、グループ分けの方法について、あらためて考えてみることにしました。これまでは、いくつかのグループをつくるとき、学年や性別をバランスよく保ちながら分けることを意識してきました。たとえば、先輩と後輩、女性と男性を混ぜることで、多様性を考慮したグループ分けができるという発想です。
しかしながら、まちに偏在する多様性を求めてフィールドワークを実践するためには、グループのメンバーをできるかぎり均質にしておくほうがいいと考えました。つまり、さまざまな場所へのアクセス可能性やメンバーシップの理解を共有できるようにしておくことが、グループの凝集性を高め、より自由な調査が実現すると考えたのです。似たものどうしであればあるほど、交わらない場所への感度は高まるはずです。

〈オンナ・コドモ〉グループは、フィールドワークがスタートした時点では未成年ばかりでした。女性どうしの“おしゃべり”によって、不意に出現する、近寄りがたい場所に着目しています。今年度は男性が少なかったので、ひとまとめにしたのが〈オトコダケ〉です。ドキドキしながらも、心理的な距離と戦い、マニアックな世界に挑んでいます。残りのメンバーは、独断と偏見に満ちた基準でふたつに分けました。〈オンナ・オトナ1〉は、どちらかというと左脳を使う(と思われる)タイプの集まりです。これまでに行ったことのないまちに何度も足をはこび、交わりの可能性を探ります。〈オンナ・オトナ2〉は、右脳で動く(ように見える)タイプで、空港でのフィールドワークをつうじて、おなじ場所にいながらも交わりえない人びとに接近しました。

私たちの日常生活は、じつに複雑で多様です。交わらない場所が、いくつも併存しながら、ふだん見慣れたまち並みをつくっています。その「多様性(diver-city)」の尊さを身体的に理解しておくことが、「あらゆる事態を楽しむ」というマインドを育むのです。

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2009年度秋学期は、「交わらない場所(diver-city)」というテーマで、4つのグループがフィールドワークをおこないました(学部2〜3年生)。フィールドワークの成果は、2010年2月5日(金)〜7日(日)にかけて開催した「フィールドワーク展VI」で報告しました。このサイトは、展示パネルの内容をまとめたものです。追加資料等は、随時アップロードする予定です。(2010/2/8 記)