加藤文俊

「さようなら」からはじまる


加藤文俊研究室の主要なテーマは、人びとにとって「居心地のいい場所(グッドプレイス)」とは何かを考えることだ。ぼくたちが、絶え間なくコミュニケーションのなかに「居る」存在だということをふまえると、場所の問題は、コミュニケーションを理解することからはじまる。

これまで10数年、フィールドワークやワークショップをとおして、場づくりの難しさ、そしておもしろさを実感している。あらためてふり返ると、そのなかで、いくつかの転機があった。いつ・どこで、というように具体的な記憶に残るような出来事があったというよりは、現場での体験が蓄積されていくことで、少しずつ(ぼくたちなりの)考えかたや取り組む姿勢が培われていったのだと思う。

まず、ぼくたちの活動において、成果を何らかのかたちで「まちに還す」こと。これは、活動そのものを評価し、自省を促す意味でも、とても大切なことだ。ぼくたちは、フィールドワークと称してまちに出かけて、写真を撮ったり話を聞いたりする。「調査者」としてのアイデンティティは、成果を報告書にまとめることだけではなく、現場とかかわりながら、人との関係を組み替えることで実感されるべきなのだ。「まちに還す」方法は、たくさんあるが、たとえば学期ごとに編纂する冊子も、毎年開いている展覧会も、少しでも多くの人に成果を届けるやり方だと位置づけている。

もうひとつの重要な気づきは、「別れ」の意味を考えるという問題意識だ。場づくりやコミュニケーション、ファシリテーションのあり方については、別途、文章をまとめているのだが、そのなかで、ぼくは「時間」「空間」「情報」という三つの側面から、さまざまな調整がおこなわれ、ある条件が揃うと「居心地のいい場所」が生まれると論じている。その一連の調整こそが、コミュニケーションだという考えだ。

ずっと、一連の思考も社会実践も、場をつくること、人びとが集うことばかり考えながらすすめていた。場をつくることがゴールだと思って活動していたが、じつは、継続的に場を再現したり、あるいは別の文脈でもいきいきとした場づくりを実現するためには、畳み方、別れ方について考えるという視座が重要だったのだ。

まちで学ぶ


畳むこと、別れることの前提になるのは、ぼくたちの「移動」である。あたらしい場所を知り、あたらしい「何か」に出会うためには「移動」しなければならないからだ。もとより、人は人に会うために旅をしてきた。人が動いていれば、場所が息づく。「別れ」に着目する姿勢はふじゅうぶんだったものの、これまでにも「ちいさなトラックLinkIcon」や「引っ越しの準備LinkIcon」というテーマで、「移動」について考えるフィールドワークをおこなった(いずれも2013年度)。

01.jpg02.jpg03.jpg

こうした問題意識をふまえ、2015年度春学期は、設営と撤収をくり返しながら活動している人びとの生態を理解すべく、グループに分かれてフィールドワークやインタビューをおこなった。確実に存在感を放ちながらも、いつでも簡単に姿を消すことができる。約束はしないのに、不思議なことに、また会える気がする。「別れ」を日常的に実践するのは、そう簡単なことではない。どうやら、適切な道具立ても必要だ。

そこで、引き続き秋学期も「爽やかな解散」というテーマを設定した。春学期を「調査編」と呼ぶならば、秋学期は「実装編」ということになる。設営(集合)と撤収(解散)を「爽やか」に実現すること。それが、「空間」「時間」「情報」を関係づけるときの大切な指針になる。当然のことながら、効率や手際のよさだけではない。場づくりの過程で生まれるコミュニケーションの特質について理解することも、忘れてはならない。

今学期は、4つのグループに分かれて、場づくりのための装置(ツール)を考案、制作し、実際にまちなかで実験するという課題に取り組んだ。スタンプ、ラジオ、黒板、イス、といった習作はどれも個性的だが、すべてに共通しているのは、まちなかになんらかの〈もの〉を設置することで、人と人との関係性の組み替えを試みるという点である。まだまだ課題は多いが、「さようなら」と「こんにちは」の〈あいだ〉に目を向けることが、場づくりにかんするあたらしい理解の創造につながるはずだ。

◎「爽やかな解散(B)」の成果は、2016年2月6日(土)〜8日(日)にかけて、「フィールドワーク展Ⅻ:こたつとみかんLinkIcon」で展示される。