「フィールドワーク展」のフィールドワーク ::: 思い巡らせ

思い巡らせ

食べかけのヨックモックの缶を見ていると、真っ先にこれを食べたのがどこに座っていた人なのか、なんとなく見えてくる。お饅頭の箱の底が上がってしまっているのは、お菓子の個数がどんどん減って軽くなったためだから、このままいくと箱ごと倒れてしまうに違いない。椅子にコートをぱっと置いてどこかへ行ってしまった人は、きっとまたすぐここに戻ってきて腰掛けるはずだ。コートを置いたのは、ただのマーキング行為だったのだろう。

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一見なんでもないような目の前の光景を、少しだけゆっくり眺めてみる。すると、その場にはいない人の姿が浮かび上がってくることがあるのだ。これは実は、展示会の準備のため研究室で物の整理を行っているとき偶然出会った「マチモドシ」というポストカードをまねっこして作った。わたしの大先輩にあたる2007年の卒業生が制作したもので、街中の何気ない光景を写真におさめ、その場面の過去の状態や様子を何段階かに分けて想像し図示されていた。それを受けて今回わたしは、「じゅじゅじゅ」の展示会場において過去だけではなく未来の様子も想像できるような光景の採集を行ってみた。

やってみると、舞台となった場所は、展示会場に入ってすぐのところに設けられたフリースペースが中心となった。簡単な机と椅子があって、机の上には差し入れのお菓子や、会場各所に展示されているリーフレットと冊子のサンプルなどが置かれていた。見ているとそこでは来場者がアンケートを書いたり、展示物や冊子を手に取ったり、研究室のメンバーがお菓子をつまんで談笑していたりと人々はとても自由に振る舞っていた。場所を特定して採集を行ったわけではなかったが、結果として集まったものはフリースペースの周りばかり。色んな人が色んな動きをしたぶん足跡が多く残っていて、想像力をはたらかせやすかったのだ。

「マチモドシ」は、純粋に表現方法が面白いと思ったのと同時に、どこか人の温もりを感じて心惹かれた。ありのままを素直に受け止めるだけではなく、すこし巻き戻しや早送りを行って人の姿かたちを知ることで、見えない人のことを思いやれる。想像すること、見えないものを見ようとする行為の裏には、優しさがひそんでいた。

(堀越千晴)