「フィールドワーク展」のフィールドワーク ::: 耳から「見える」もの

耳から「見える」もの

目を閉じてスッと深呼吸、そのままじっと耳をすましてみる。今回私は、目からの採集ではなく、耳から展示空間を観察した。初めての展示会を何かしらの形で記録しようと始めていたことが変化し、形となったのが、この採集である。

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準備二日目のお昼休憩中に仰向けに寝転がって目をつむっていた時のこと。力を抜いてリラックスしていると、たくさんの音が耳に入ってきた。一斉に木槌を打つリズム、合図をする声、カッターで静かに紙を切る音……作業している時には聞き落していた音がそこにはあった。それらの何気ない音の存在に対する気付きはちょっとした衝撃で、それまでは記録、記録と、写真を撮ることに気を取られていた私だったが、目では拾いきれない音に耳を傾けてみることにした。

方法は、準備期間を含めた四日半、会場内で目を閉じて耳を大きく開くこと。一回あたりの時間等は決めず、メモもせず聞くことに集中する。とはいっても、必死になって聞くのではなく、音に耳をすます程度に。その後、控室や家に戻ってから思い起こしてメモをとる、この繰り返しをひたすら行った。そして、途中から音関連として観察したバノチカメンバーの足音も含めて、そこから見えるものをイラストに起こした。
観察中に感じたうちの一つのことは、朝いちばんと夕方での音の差異。朝に会場入りした時には、靴のヒールの音が響き渡り、声もツンとして聞こえていたように感じていた。しかし夕方には一転、同じ靴音も声もどこか柔らかく聞こえた。会場内の人の数や温度も関係しているとは思うが、自分自身歩く音に気を遣ったりした部分もあった上に、会場内の優しい雰囲気に声色も穏やかになっていたような気もする。

そこからわかるのは、やはり音も場の雰囲気を作る大切な要素の一つであるいうこと。一つ一つの音は文字に起こしてみると見方によってはとても軽く見えてしまう。しかし、その音が集まることで場は変化し、その変化した場によって更に音は変化する。この連鎖によって雰囲気が良くも悪くも姿を変える。現に、『じゅじゅじゅ』においても、バノチカの持つぬくもりが徐々に強くなっていくことを感じた。観察となるとどうしても目で対象物を追いがちだが、たまには耳から見るということも大切だと痛感した。YCCの3階というひとつの空間が、2日間の準備期間を通して加藤研の場所となり、4日間の開催期間でその深さが増していく様子はとても興味深かった。

(枡野友香)