名札
慶應義塾大学総合政策学部に入学して二年半が経とうとしている。私が通う湘南藤沢キャンパスでは年に一度、各研究会の研究活動成果を広く社会に公開する場として、「SFC Open Research Forum (ORF)」を六本木のミッドタウンで毎年開催している。そのため大勢の生徒や教員が六本木に集結する。「出展者 加藤研究会 金美莉」と書かれた名札を首から下げていることから、一目で何者かわかる。会場内を見渡すと「VISITOR」もしくは「出展者」(所属研究室と名前が記載されていない人もいた)と書かれた名札を皆下げている。わたしは担当シフトの少し前に、様々な研究会の様子を見るため、会場内を一周してみることにした。二年半も同じキャンパスに通うと知り合いも増え、数歩進む度に挨拶をしていた。いわゆる「よっ友」がたくさんいるのだ。互いにどちらかの名札をぶら下げているため、名札と顔で互いを認識する。名札はなくても、認識への障害はない。
しかし、初対面の人とコミュニケーションをとる際には名札が活躍する。加藤研究室の展示ブースにいると互いが名札で立場を確認し合い、自然と人々と目があう。研究を一から説明する経験は初めてだったため自分でも驚くほど必死に話していた。一通り説明し終わったあと、私は名前を聞かれた。説明中に学年は口にしていたが、名前を名乗っていなかった。私は会話中に名乗るタイミングを見失っていた。研究会の紹介ばかりに気を取られていて、自己紹介まで気が回らなかったのだ。何よりも名札をつけているという安心感があった。私は名札をつけることで何者かが一目で判断できると思い込んでいたが、それは出展者か来場者という立場のみであり、所属研究室と名前は小さな文字で書かれているため覗き込まなければ把握することは難しいだろう。名札と上手く付き合っていくことで来場者とのコミュニケーションにも良い影響を与えることができるのではないかと感じた。出展者と来場者の域を超えて個人として話をすることができれば、より充実した時間を過ごすことができるだろう。
